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白夜行3-1

时间: 2017-01-17    进入日语论坛
核心提示: ドアを開けると、頭上でからんからんと大きな鈴の音がした。 指示された喫茶店は、短いカウンターのほかに小さなテーブルが二
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 ドアを開けると、頭上でからんからんと大きな鈴の音がした。
 指示された喫茶店は、短いカウンターのほかに小さなテーブルが二つあるだけの狭い店だった。しかもテーブルの一つは二人掛けだ。
 園村《そのむら》友彦《ともひこ》は店内を一瞥した後、少し迷ってから二人掛けのテーブルについた。迷ったのは、四人掛けのテーブルにいるただ一人の先客が見知った顔だったからだ。話をしたことはないが、三組の村下という男子生徒だということを友彦は知っていた。痩せていて、やや異国風の顔立ちをしている。たぶん女子にももてるに違いないと思わせる容姿だ。パーマをかけた髪を長く伸ばしているのは、バンドでもしているからかもしれない。グレーのシャツの上に黒い革のベストを羽織り、細くて長い足を強調するようなスリムのジーンズを穿《は》いていた。
 村下は『少年ジャンプ』を読んでいた。友彦が入っていった時に一度だけ顔を上げたが、すぐにマンガに目を戻した。待ち合わせの相手と違ったのだろう。テーブルの上にはコーヒーカップと赤い灰皿が置かれている。灰皿の上では、火のついた煙草が煙を立ち上らせていた。高校の生徒指導の教師たちも、こんなところまでは見回りに来ないと踏んでいるらしい。ここは高校の最寄り駅からは、地下鉄で二駅分離れている。
 ウェイトレスはおらず、初老のマスターがカウンターから出てきて、水の入ったグラスを友彦の前に置いた。そして黙って微笑んだ。
 友彦はテーブルの上のメニューには手を伸ばさず、「コーヒーをください」といった。
 マスターは一つ頷いてカウンターの中に戻った。
 友彦は水を一口飲み、もう一度ちらりと村下のほうを見た。村下は相変わらずマンガを読んでいたが、カウンターの奥に置いてあるラジカセから流れる曲が、オリビア?ニュートン?ジョンからゴダイゴの『銀河鉄道|999《スリーナイン》』に変わった途端、露骨に顔をしかめた。邦楽は好きではないのかもしれない。
 もしかしたら、と友彦は考えていた。こいつも同じ理由で、この店にいるのではないか、と。だとしたら、同じ相手を待っていることになる。
 友彦は店内を見回した。今はどこの喫茶店にも置いてあるインベーダーゲーム機が、ここにはなかった。だがそのことは大して残念ではなかった。彼はすでにインベーダーには飽きていた。どのタイミングでUFOを撃ち落とせば高得点を上げられるかなどの攻略法を熟知し、いつでも最高スコアを記録する自信があるからだった。彼がインベーダーゲームについて関心が残っている部分といえばプログラムのことだったが、それも最近ではほぼ把握しきっていた。
 彼は退屈しのぎにメニューを広げてみた。それで初めてここがコーヒー専門店であることを知った。メニューには何十種類ものコーヒーの銘柄が並んでいた。注文する前にこのメニューを広げなくてよかったと彼は思った。もし先に見ていたら、単に「コーヒー」とだけ注文するのは申し訳ないような気がして、コロンビアだとかモカだとかを注文し、五十円か百円かの余分な出費をしていたに違いない。今の彼は、その程度の出費でも痛かった。もしも約束がなければ、こんなふうに喫茶店に入ることさえなかったはずだ。
 とにかくあのジャケットが誤算だった、と友彦は先々週のことを思い出す。男性服専門のブティックで、友人と二人で万引きしようとしたところを、店員に見つかってしまったのだ。万引きの手口は単純で、ジーンズを試着するふりをして、一緒に持ち込んだジャケットを試着室内で自分の紙袋に隠すというものだった。ところがジーンズだけを元の棚に戻して売場を離れようとした時、若い男性店員に呼び止められた。あの瞬間は、まさに心臓の止まる思いだった。
 幸いその男性店員が、不届き者を捕まえることより、自分の売り上げを伸ばすことに熱心だったおかげで、友彦たちを「ついうっかり商品を自分の紙袋に入れてしまったお客様」として扱ってくれた。それで警察沙汰にもならず、親や学校にばれることもなかったわけだが、ジャケットの代金二万三千円は支払わないわけにはいかなかった。その時そんな持ち合わせはなかったのだが、店員は彼の学生証を預かったうえで、家へ金を取りに帰っていいといった。友彦は急いで家に帰ると、その時の全財産だった一万五千円を持ち出し、さらに友人から八千円を借りて、ジャケットの支払いにあてた。
 結果的に最新流行のジャケットが手に入ったわけで、少しも損はしていない。しかし元々、金を払ってまで欲しいような服でもなかった。万引きできるチャンスだと思ったから、あまりよく見ないで、適当に選んだだけのことなのだ。最初からあの店には、服を買うつもりで入ったのではなかった。
 あの二万三千円が今あったなら、と友彦は何十回目かの後悔をする。あれも買えた、これも買えた。映画だって見られた。ところが今は、毎朝母親からもらう昼食代を除くと、所持金が殆どゼロの状態だ。しかも友人に八千円の借金がある。
 初老のマスターが運んできた一杯二百円のブレンドコーヒーを、友彦はちびちびと啜《すす》った。うまいコーヒーだった。
 本当に「なかなか悪くない話」ならいいんだけどな――壁の時計を見ながら友彦は思った。「なかなか悪くない話」というのは、ここへ彼を呼び出した、桐原亮司が使った表現だった。
 その桐原は、午後五時ちょうどに現れた。
 店に入ってきた桐原は、まず友彦の顔を見た。それから続いて村下に目を向け、ふっと鼻を鳴らして笑った。
「なんや、別々に座ってるのか」
 この一言で友彦は、やはり村下も桐原に声をかけられたのだと知った。
 村下はマンガ雑誌を閉じると、長い髪の中に指を突っ込んで、頭を掻《か》いた。
「もしかしたら俺と同じじゃないかと思ったけど、違ってたら変に思われるやろ。それで知らん顔してマンガを読んどったんや」
 どうやら彼のほうも、友彦のことを無視していたわけではなさそうだ。
「俺もそうや」と友彦はいった。
「もう一人仲間がおるということをいうといたらよかったな」桐原は村下の向かいの席に座った。それからカウンターのほうを向いた。「マスター、俺にはブラジル」
 マスターは黙って頷いた。桐原はこの店の馴染み客なのだなと友彦は思った。
 友彦も自分のコーヒーカップを持って、四人掛けテーブルに移動した。そして桐原に促されるまま、村下の隣に座った。
 桐原は、ややつり上がった目で向かいの二人を眺めながら、右手の人差し指でテーブルの表面をこつこつこつと叩いた。まるで値踏みするような目つきだったので、友彦は少し不快になった。
「二人とも、ニンニクは食ってないな」桐原は訊いた。
「ニンニク?」友彦は眉を寄せた。「食ってないけど、どうして?」
「まあ、いろいろと事情があるんや。食ってないならいい。村下は?」
「四日ぐらい前に、餃子《ギョーザ》を食うたけど」
「ちょっとこっちに顔を近づけてくれ」
「こうか」村下が身を乗り出し、桐原に顔を近づけた。
「息を吐いてくれ」と桐原はいった。
 村下が遠慮がちに吐くと、「もっと思いきり」と桐原は指示した。
 強く吐き出された息の臭いを、桐原はくんくんと嗅《か》いだ。それから小さく頷き、コットンパンツのポケットから、ペパーミントガムを取り出した。
「大丈夫やと思うけど、一応ここを出たら、これを噛んでくれ」
「それはええけど、一体何をするのか、はっきり教えてくれよ。なんか気味が悪い」村下が苛立った様子でいった。
 こいつも詳しいことは聞いていないらしいと友彦は察した。じつは彼もそうだった。
「それは話したやないか。ある場所へ行って、女の話し相手をしてくれたらええ。ただそれだけのことや」
「それだけでは何のことか――」
 村下が言葉を切ったのは、マスターが桐原のコーヒーを運んできたからだ。桐原はコーヒーカップを持ち上げると、まずじっくりと匂いを嗅ぎ、それから徐《おもむろ》に一口啜った。
「うまいね、相変わらず」
 マスターは目を細めて頷くと、カウンターの中に戻った。
 桐原は改めて友彦と村下の顔を眺めた。
「難しいことやない。おまえたち二人なら大丈夫や。そう思ったから声をかけた」
「だから、何がどう大丈夫なんや」と村下は訊いた。
 桐原亮司はジーンズジャケットの胸ポケットからラークの赤い箱を取り出し、一本抜き取って口にくわえると、ジッポのオイルライターで火をつけた。
「相手が気に入ってくれるということや」薄い唇に笑みを滲《にじ》ませて桐原はいった。
「相手って……女か?」村下は声を低くしていった。
「そうや。でも心配するな。反吐《へど》が出るようなブスじゃないし、しわくちゃばばあでもない。十人並みの、ふつうの女や。ちょっと歳は上やけどな」
「その女と話をするのが仕事なのか」友彦は訊いてみた。
 桐原は彼に向かって煙を吐いた。「そう。相手は三人や」
「わからんな。もうちょっと、きちんと教えてくれよ。どういうところで、どんな女と、どんな話をしたらええんや」友彦は少し声を大きくした。
「それは向こうへ行けばわかる。それに、どんな話をすることになるのかは、俺にもわからん。成りゆき次第やな。おまえらの得意な話をしたらええ。相手も喜ぶぞ、きっと」桐原は唇の端を曲げた。
 友彦は戸惑いながら桐原の顔を見返した。こんな説明では、どういうことなのか、さっぱりわからなかった。
「俺、降りるよ」不意に村下がいった。
「そうかい」桐原はさほど驚いた様子でもない。
「わけがわからんもんな。気味が悪い。胡散臭《うさんくさ》そうだし」村下は立ち上がりかけた。
「時給三千三百円やぞ」コーヒーカップを持ち上げながら桐原はいった。「正確にいうと三千三百三十三円。三時間で一万円。こんないいバイトが、ほかにあるか?」
「だけど、ヤバい話やろ」村下はいった。「そういう話には、首を突っ込まんことにしてる」
「別にヤバいことはない。変にいいふらしたりせえへんかったら、おまえらに迷惑がかかることもない。それは俺が保証する。それからもう一つ保証しておこう。終わった後、おまえらは必ず俺に感謝する。こんなええバイトは、アルバイトニュースを隅から隅まで読んでも、絶対にない。誰だってやりたがる。ただし誰にでもできる仕事やない。そういう意味で、おまえらはすごくラッキーなんや。俺の眼鏡にかなったわけやからな」
「しかしなあ……」村下は躊躇の色を見せながら友彦を見た。友彦がどうするのかを知りたいのだろう。
 時給三千円以上、三時間で一万円――これは今の友彦にとっては魅力だった。
「俺、行ってもいい」と彼はいった。「ただし、一つだけ条件がある」
「なんや」
「どこで誰と会うのかだけ、教えてほしい。心の準備が必要やから」
「そんなものは必要ないんやけどな」桐原は煙草を灰皿の中でもみ消した。「わかった。ここを出たら教えてやる。けど園村一人ではあかん。村下が降りるなら、この話はなかったことにしよう」
 友彦は腰を浮かせたままの村下を見上げた。下駄を預けられた格好の村下は、心細そうな顔をした。
「本当にヤバい話やないねんな」村下は桐原に確認した。
「安心しろ。おまえらが希望せえへんかぎり、そんなことにはならへん」
 桐原の意味深長な言い方に、村下は依然として決心がつかない様子だった。しかし彼を見上げる友彦の目が苛立ちと軽蔑の色を含んでいることを感じたか、最後には首を縦に振った。
「わかった。じゃあ、付き合うよ」
「賢明やな」桐原はジーンズの尻ポケットに手を突っ込みながら立ち上がり、茶色の財布を取り出した。「マスター、勘定を頼む」
 マスターは尋ね顔で、彼等のテーブルを指し、大きく丸を書いた。
「ああ、そうや。三人分まとめてだ」
 マスターは頷き、カウンターの向こうで何か書くと、小さな紙片を桐原のほうに差し出した。
 桐原が財布から千円札を出すのを見ながら、奢《おご》ってもらえるならサンドウィッチでも注文すればよかったなと友彦は思った。
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