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白夜行8-1

时间: 2017-01-17    进入日语论坛
核心提示: 六時の閉店間際に入ってきたのは、五十前後に見える小柄な中年男と、高校生と思われる痩せた少年の二人組だった。親子だろう、
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 六時の閉店間際に入ってきたのは、五十前後に見える小柄な中年男と、高校生と思われる痩せた少年の二人組だった。親子だろう、と園村友彦は、その雰囲気から察した。しかも息子のほうの顔を、友彦は知っていた。ここへ何度かやってきたことがあるからだ。しかしいつもは口をきくわけでも、まして何かを買うわけでもなく、ディスプレイしてある高級パソコンを眺めて帰るだけだった。そういう少年は、彼のほかに何人もいた。だが友彦は彼等に対して、何か言葉をかけたりはしない。そんなことをしたら、冷やかしはお断りなのかと思い、もう二度とここへ足を運ばなくなるおそれがあるからだ。冷やかし大いに結構、思わぬ臨時収入が入るか、成績アップのご褒美《ほうび》に親から買ってもらえるよう話がついた時、客として訪れてくれればいいというのが、この店の経営者すなわち桐原亮司の考えだった。
 金縁の眼鏡をかけた父親は、狭い店内をぐるりと見渡した後、まず看板商品であるパソコンに目を留めた。いつも少年が眺めている品だ。親子はそれを見て、何かぼそぼそとしゃべっている。やがて父親は、「なんやこれは」といって、大きくのけぞった。どうやら商品の価格を見たようだ。いくら何でも高すぎるぞ、と叱責《しっせき》の口調で息子にいった。違うんだよ、もっといろいろあるんだ、と息子。
 友彦はパソコンの画面に顔を向け、客には全く関心がないというふうを装いながら、親子の様子を観察し続けた。父親のほうは、外国の景色を眺めるといった感じの視線を、陳列してあるパソコン本体や周辺機器にぼんやりと向けているだけだ。コンピュータの知識はないのだろう。少し白髪の混じった頭を、きっちりとセットしている。ハイネックのセーターの上に毛糸のカーディガンを羽織っただけのラフなスタイルだが、会社人間の臭いは消えていない。どこかの企業の部長といったところか、と友彦は値踏みした。十二月にこの出で立ちということは、当然ここへは自家用車で来たということだろう。
 陳列ケースの中の部品類をチェックしていた中嶋|弘恵《ひろえ》が、友彦をちらりと見た。声を掛けたほうがいいんじゃないの、という視線だ。わかっているよ、という意味を込めて、彼は小さく頷いた。
 頃合を見計らって、友彦は立ち上がった。親子に向かって愛想笑いをする。
「何かお探しのものでも?」
 父親が、救われたような、それでいて少し気後れしたような顔を見せた。息子のほうは、他人との交渉は苦手なのか、ふてくされたような顔で棚に並んだソフトに目を向けている。
「いや、息子がね、パソコンがほしいとかいうものだから」父親は苦笑して見せた。「しかし、どういうものを買っていいのか、さっぱりわからなくて」
「どういったことにお使いになる予定ですか」友彦は親子の顔を交互に見た。
「何に使うんや?」父親が息子に訊いた。
「ワープロとか、パソコン通信とか……」息子は俯《うつむ》いたまま、ぼそぼそと答えた。
「ゲームとか?」友彦はいってみた。
 息子は小さく頷いた。相変わらずふてくされたような態度を取っているのは、買い物をするのに父親を連れてこざるをえなかったことに対する照れ隠しだろう。
「ご予算は?」と友彦は父親に尋ねた。
「まあそれは……十万円ぐらいのつもりでいたんだけどね」
「だから十万円じゃ買われへんって」息子が吐き捨てるようにいった。
「ちょっとお待ち下さい」
 友彦は自分の席に戻り、パソコンのキーを叩いた。たちまち画面に在庫品のリストが現れた。
「|88《ハチハチ》なら、ちょうどいいものがありますよ」
「はちはち?」父親が眉を寄せた。
「NECの88シリーズです。今年の十月に発売されたばかりで、本体価格が約十万円というものがあります。でも、もっとお安くできると思います。悪い品ではないですよ。CPUクロックは一四|MHz《メガヘルツ》、標準RAMは六四|KB《キロバイト》。これにディスプレイを付けて、合計十二万円にはできると思います」
 友彦は後ろの棚からカタログを見つけだし、親子のほうに差し出した。父親はそれを受け取って、ぱらぱらと眺めた後、息子に渡した。
「プリンタは必要ないんですか」迷っている様子の息子に友彦は訊いた。
「あればいいと思うけど」呟くように少年は答えた。
 友彦は再びパソコンで在庫を調べた。
「日本語熱転写プリンタが六万九千八百円であります」
「すると、合わせて十九万か」父親が渋い顔をした。「完全に予算オーバーや」
「申し訳ありませんけど、そのほかにソフトを買っていただかなければなりません」
「ソフト?」
「パソコンにいろいろな仕事をさせるためのプログラムです。それがないと、ただの箱です。ご自分でプログラムを粗むということであれば、話は別ですけど」
「なんや、そんなのはセットになってないのか」
「用途に応じてプログラムが必要なんです」
「ふうん」
「ワープロソフトや代表的なソフトをお付けするとして」友彦は電卓を叩き、最終的に十六万九千八百円という数字を表示させてから、それを父親に見せた。「これぐらいでいかがですか。ほかの店では、絶対に出せない数字ですよ」
 父親は口元を歪めた。予定以上の散財を強いられそうで、憂鬱になったようだ。ところが息子のほうは全く別のことを考えていた。
「|98《キューハチ》は、やっぱり高いんですか」
「98シリーズですと、やっぱり三十万ほど出していただかないと。それに周辺機器を揃えますと、四十万を越えるかもしれません」
「そりゃ論外だ。子供の玩具《おもちゃ》にしては高すぎる」父親がゆらゆらと頭を振った。「その88っていうのにしたって、高すぎる」
「どうされますか。ご予算にこだわられるのでしたら、それなりの商品もありますけど、かなり性能は落ちますよ。機種も古いですし」
 父親は迷っている様子だった。息子の顔を見つめる目に、それが表れていた。しかし結局、息子の訴えるような視線に耐えられなかったようだ。じゃあ、その88というのをくれ、と友彦にいった。
「ありがとうございます。お持ち帰りになられますか」
「うん、車だから自分で運べるんやないかな」
「では、今すぐここへ持ってきますので、少々お待ちください」
 支払いの手続きを中嶋弘恵に任せ、友彦は店を出た。店といっても、事務所用に改装されたマンションの一室だ。ドアに貼ってある、『パソコンショップ MUGEN』の看板がなければ、何の部屋かわからないだろう。そして倉庫代わりに使っているのは、隣の部屋だった。
 倉庫用の部屋には、事務机と簡単な応接セットが置いてある。友彦が入っていくと、向き合って座っていた二人の男が、ほぼ同時に彼を見た。一人は桐原であり、もう一人は金城《かねしろ》という男だった。
「88が売れた」桐原に伝票を見せながら友彦はいった。「モニターとプリンタのセットで、一、六、九、八」
「ようやく88は一掃か。助かった。これで厄介払いができた」桐原が片方の頬に笑みを浮かべた。「これからは98の時代やからな」
「全くだ」
 部屋の中には、パソコンや関連機器を納めた段ボール箱が、天井近くまで積み上げられていた。友彦は段ボール箱に印刷された型番を見ながら、その間を歩いた。
「地道な商売やっとるなあ。十万ちょっとの金を落としていく客が、ぽつりぽつりと来る程度やないか」金城が揶揄《やゆ》する口調でいった。段ボールの山の中にいる友彦には、金城の顔は見えなかったが、その表情は目に浮かぶようだった。こけた頬を歪め、落ちくぼんだ目をぎょろりと剥《む》いたに違いない。あの男を見るたびに友彦は、骸骨《がいこつ》を連想せずにはいられなかった。灰色のスーツを着ていることが多いが、大きさの合わないハンガーにかけたように、肩の部分が飛び出している。
「地道が一番ですよ」桐原亮司が答える。「ローリターンやけど、ローリスクです」
 低い、くぐもった笑い声。金城が発したものに違いなかった。
「なあ、去年のことを忘れたんか? 結構ええ目を見たはずや。おかげで、こういう店も開けた。もう一回、勝負をかけようという気にならへんか」
「前にもいいましたけど、あんなに危ない橋とわかってたら、おたくさんらと一緒に目をつぶって渡るなんてことはしませんでしたよ。一歩間違えたら、何もかもなくしてしまうところやった」
「大層なこというな。俺らをあほやと思とるんか。押さえるべきところをちゃんと押さえておいたら、なんにも心配することはない。大体、あんたかて、こっちの正体を知らんわけやないやろ。全く危険のない橋やとは思ってなかったはずやで」
「とにかく、この話はお断りしますよ。ほかを当たってください」
 何の話だろう、と段ボール箱を探しながら友彦は思った。いくつかの仮説が頭に浮かんだ。金城が、どういう用件で訪ねてくる男かということは、把握しているつもりだった。
 やがて目的の箱は見つかった。パソコン本体とディスプレイとプリンタの三つだ。友彦はそれらを一つずつ、部屋の外に運び出した。そのたびに桐原と金城の脇を通り抜けるのだが、二人は黙って睨み合っているばかりで、それ以上の会話を盗み聞きすることはできなかった。
「桐原」部屋を出る前に、友彦は声を掛けた。「もう店を閉めてもええかな」
 ああ、と桐原は声を出した。上の空のような声だった。「閉めてくれ」
 わかった、といって友彦は部屋を出た。このやりとりの間、金城は一度も友彦のほうを見なかった。
 親子連れに品物を渡すと、友彦は店を閉めた。そして、食事に行こうと中嶋弘恵にいった。
「あの人が来てるんでしょう?」弘恵は眉をひそめた。「あの骸骨みたいな顔をした人」
 彼女の言葉に友彦は吹き出した。自分と同じ印象を弘恵が持っていたというのが、おかしかったのだ。そのことをいうと、彼女もひとしきり笑った。だがその後で、また少し顔を曇らせた。
「桐原さん、あの人とどんな話をしているのかな。大体あの人、何者なの? 友彦さんは何か知ってるの?」
「うんまあ、それについては、ゆっくり話をするよ」そういって友彦はコートの袖に腕を通した。一言で説明できる話ではなかった。
 店を出た後、友彦は弘恵と並んで、夜の舗道をゆっくり歩いた。まだ十二月はじめだが、街のあちらこちらにクリスマスを思わせる飾りがあった。イブはどこへ行こうか、と友彦は考えた。昨年は有名ホテルの中にあるフレンチレストランを予約した。しかし今年はまだこれといったアイデアが浮かばない。いずれにしても、今年も弘恵と一緒に過ごすことになるだろう。彼女と過ごす、三度目のクリスマスイブだ。
 友彦は弘恵とアルバイト先で知り合った。大学二年の時だ。アルバイト先というのは、安売りで有名な大型電器店だった。彼はそこで、パソコンやワープロの販売をしていた。当時は今以上に、その分野で詳しい知識を持っている者が少なかったので、友彦は重宝がられた。店頭での販売が業務内容のはずだったが、時にはサービスマン的なこともやらされた。
 そんなところでアルバイトすることになったのは、それまで手伝っていた桐原の『無限企画』が休業状態に陥ってしまったからだ。コンピュータゲームのブームに乗って、プログラムを販売する会社が林立しすぎたため、粗悪なソフトが出回った。その結果、消費者の信頼を裏切る形になってしまい、多くの会社がつぶれることになった。『無限企画』も、その波にのまれたといってよかった。
 だがこの休業を、今となっては友彦は感謝している。中嶋弘恵と知り合えるきっかけになったからだ。弘恵は友彦と同じフロアで、電話やファクスを売っていた。顔を合わせることも多く、そのうちに言葉を交わすようになった。最初のデートはアルバイトを始めてから一か月が経った頃だ。それからお互いを恋人と認識するようになるまで、長い時間はかからなかった。
 中嶋弘恵は美人ではなかった。目は一重だし、鼻も高いほうではない。丸顔で小柄、そして、少女のようにというより少年のようにと表現したほうがいいくらい痩せていた。しかし彼女には、他人を安心させるような柔らかい雰囲気があった。友彦は彼女と一緒にいると、その時々に抱えている悩みを忘れることができた。そして彼女と別れた後も、その悩みの大半を、大したことではないと思えるようになるのだった。
 しかしそんな弘恵を、友彦は一度だけ苦しめたことがある。二年ほど前のことだ。妊娠させてしまい、結局堕胎手術を受けさせることになってしまったのだ。
 それでも弘恵が泣いたのは、手術を終えた夜だけだった。その夜、彼女はどうしても一人になりたくないといって、一緒にホテルに泊まることを望んだ。彼女は一人でアパートを借り、昼間は働き、夜は専門学校に行くという生活を送っていた。友彦はもちろん彼女の望みをきいてやった。ベッドの中で、手術を受けたばかりの彼女の身体を、そっと抱きしめた。彼女は震えながら、涙を流した。そしてそれ以後、彼女がこの頃のことを思い出して泣くようなことは決してなかった。
 友彦は財布の中に、透明の小さな筒を入れている。煙草を半分に切った程度の大きさのものだ。一方から覗くと、赤い二重丸が底に見える。弘恵の妊娠を確認する時に使った、妊娠判定器具だった。二重丸は陽性の印なのだ。もっとも、友彦が持っている筒の底に見える二重丸は、あとから彼が赤い油性ペンで描いたものだった。実際に使用した際には、弘恵の尿を入れた筒の底に赤い沈殿物が生じ、それが判定の印となった。
 友彦がそんなものを後生大事に持っているのは、自らを戒めるためにほかならなかった。もう二度と弘恵にあんな辛い思いをさせたくなかった。だから財布にはコンドームも入れてある。
 その『お守り』を、友彦は一度だけ桐原に貸したことがある。自戒をこめた台詞を口にしながら見せていると、桐原のほうから、ちょっと貸してくれないかといってきたのだ。
 何に使うんだと友彦が訊くと、見せたい人間がいるんだよと桐原は答えた。そしてそれ以上詳しいことはいわなかった。ただ、それを返す時、桐原は意味ありげに薄く笑いながらこういった。
「男というのは弱いな。こと話が妊娠ということになると、手も足も出えへん」
 彼があの『お守り』を何に使ったのか、友彦は今も知らなかった。
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