返回首页

本陣殺人事件--三本指の男(3)

时间: 2023-11-21    进入日语论坛
核心提示: これであらかた一柳家の様子は見終わったわけなので、それから間もなく私は竹藪から這はい出すと、今度は村端れにある岡──村
(单词翻译:双击或拖选)

 これであらかた一柳家の様子は見終わったわけなので、それから間もなく私は竹藪から

這はい出すと、今度は村端れにある岡──村の役場のまえまでいってみた。この役場は村の

南端れにあって家やならびはそこでポツンと切れて、そこから南は向こうの川──村まで一

面の田たん圃ぼつづきであった。そして、その田圃の中を一直線に二間道路が走っている

のだが、その道路を四十分ほど歩けば汽車の停車場まで行く事が出来る。だから汽車で

やって来た人がこの村へ入るには、どうしてもこの道をやって来て、役場の前を通らなけ

ればならないのである。

 さて、役場の真向かいには、土間の広い、表に粗末な飾り窓のついた家があるが、この

家はもと、馬方などが立ち寄って一杯やる一いち膳ぜん飯屋になっていた。そしてこの家

こそ、一柳家の殺人事件に重大関係を持つ、あの不思議な三本指の男が、最初に足をとめ

たところなのである。

 それは昭和十二年十一月二十三日の夕刻、即すなわち事件の起こった日の前々日のこと

だった。

 この飯屋のお主か婦みさんが表の牀しよう几ぎに腰をおろして、馴な染じみの馬方や、

役場の吏員と冗むだ話ばなしをしていると、そこへいまいった二間道路を、川──村の方か

らとぼとぼとやって来た一人の男があった。その男は飯屋の前まで来るとふと立ち止まっ

て、

「ちょっとおたずね致しますが、一柳さんのお屋敷へ行くにはどういったらいいのでしょ

うか」

 冗話をしていたお主婦さんや役場の吏員や馬方は、それを聞くといっせいに相手の服装

を見、それから顔を見合わせた。その男の見すぼらしい風ふう態ていと、あの大きな一柳

家との取り合わせが、いかにも不調和に思われたからである。その男はくちゃくちゃに崩

くずれたお釜かま帽ぼうをまぶかにかぶり、大きなマスクをかけていた。帽子の下から蓬

ほう髪はつがもじゃもじゃはみ出し、アゴから頰ほおへかけて、無ぶ精しよう髯ひげのの

びているのが、なんとなく胡う散さん臭くさい感じであった。外がい套とうは着ずに、上

うわ衣ぎの襟えりを寒そうにかき合わせているが、その上衣もズボンも垢あかとほこりに

まみれ、肘ひじや膝ひざのあたりは、擦すりきれて光っていた。靴も両方とも大きく口を

開き、ほこりにまみれて真っ白になっている。全体の様子がいかにもつかれているように

見えるのだった。年は三十前後だろう。

「一柳さん? 一柳さんならこの向こうだが、君、一柳さんに何か用事があるのかい?」

 役場の吏員にジロジロ見られて、その男はまぶしそうに瞬まばたきしながら、マスクの

奥でもぐもぐ何か言ったが、それはよく聴きとれなかった。

 ところがちょうどその時、今男が歩いて来た道を、一台の人力車がやって来たのだが、

それを見ると、

「ああ、ちょっとお前さん、お前さんの尋ねる一柳の旦那が向こうからいらっしゃった

よ」

 と、飯屋のお主婦さんが注意した。

 俥くるまに乗ってやって来たのは、四十恰かつ好こうの、色の浅黒い、きびしい顔つき

をした人だった。黒い洋服を着て、まっすぐに姿勢を正し、その眼は、きっと前方を見み

据すえたきり、決してわきを振り向かなかった。そぎ落としたような頰の線と、隆たかい

鼻が、いかにも近づき難いような印象をひとにあたえる。

 これが一柳家の当主賢蔵だった。俥はそういう一柳家の主人を乗せたまま、一同のまえ

を通りすぎると、すぐ向こうの曲がり角へ消えていった。

「お主婦さん、一柳の旦那がお嫁さんを貰もらうというのはほんとかい」

 俥が見えなくなると馬方がそういった。

「ほんとうとも、明後日あさつてが婚礼だってさ」

「へえ? それはまた恐ろしく急な話だな」

「それがね、愚図愚図してるとまたどこから故障が出るか分からないんでね。なんでもか

んでも無理矢理に押し切ってしまおうというはららしい。思いこむと、あの人は強いから

ね」

「そりゃまあ、それだからああいうえらい学者になれたのさ。しかしご隠居さんがよく承

知なすったね」

 そういったのは役場の吏員だった。

「むろん不服さ。しかしもう諦あきらめていらっしゃるって話だよ。反対すればするほど

旦那の方が意固地におなんなさるんだから」

「一柳の旦那は幾つだろう。四十……?」

「ちょうどだってさ。それで初縁なんだから」

「中年の恋という奴で、こいつは若いもんより激しいそうだ」

「それでお嫁さんが二十五か六だってね。林りんさんの娘だっていうじゃないか、えらい

ものをつかまえたね、また。……玉の輿こしか。そんなにいいきりょうかい、お主婦さ

ん」

「それほどでもないって話だよ。だけど女学校の先生をしていただけあって、テキパキと

才弾はじけていて、まあ、そんなところが旦那のおめがねにかなったわけでしょうよ。

やっぱりこれからの娘は教育がなくちゃ駄目だってさ」

「お主婦さんも女学校へでもいって、ひとつえらい旦那をつかまえるか」

「ちがいない」

 三人がくすぐったそうに笑った時である。さっきの男がおずおずと横から口を出した。

「お主婦さん、すみませんが水を一杯飲ませて下さいませんか。咽の喉どが渇いて……」

 三人はびっくりしたようにその男を振り返った。かれらはすっかりこの男の存在を忘れ

ていたのである。お主婦はジロリと相手の顔を見たが、それでもすぐコップに水を汲くん

で来てやった。男は礼をいってコップを受け取ると、マスクを少し外したが、そのとた

ん、三人は思わず顔を見合わせたのである。

 その男の右の頰には大きな引っつれがあった。怪け我がのあとを縫ったのか、唇の右端

から頰へかけて、深い傷が走っていて、まるで口が裂けているように見えるのだった。こ

の男がマスクをかけているのは、感冒除よけでもほこり除けでもなく、その傷をかくすた

めだったらしい。更にもう一つ三人が無気味に思ったのは、コップを持った、その男の右

手である。そこには指が三本しかなかった。小指と薬指は半分ちぎれて、満足なのは拇お

や指ゆびと人差し指と中指だけ。

 三本指の男は水を飲むと、丁寧に礼をいって、一柳の主人が行ったほうへ、とぼとぼと

歩いていったが、その後で三人はほうっと顔を見合わせた。

「なんだい、あれは……」

「一柳さんになんの用事があるんだろう」

「気味の悪い奴! あの口ったら! わたし二度とこのコップを使う気はしないわ」

 実際、お主婦はそのコップを、二度と使わぬように棚の隅へ押し込んでおいたが、後日

この事が非常に役に立ったのである。

 ところで、眼光紙背に徹する詮せん索さく好きな読者諸賢は、この物語をここまで読む

と、私がこれから言おうとする事に早くも気がつかれなければならぬ筈である。即ち、琴

を弾くには指が三本あれば足りるという事を。琴というものは拇指と人差し指と中指の、

三本だけで弾くものであるという事を……。

 
轻松学日语,快乐背单词(免费在线日语单词学习)---点击进入
顶一下
(0)
0%
踩一下
(0)
0%

热门TAG:
[查看全部]  相关评论