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黒猫亭事件--八(3)

时间: 2023-11-27    进入日语论坛
核心提示: 署長が惜し気もなく、皮の手袋を投げ出した。村井刑事はそれをはめると、屍体の肩に手をかけて、うんとばかりに抱き起こした。
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 署長が惜し気もなく、皮の手袋を投げ出した。村井刑事はそれをはめると、屍体の肩に

手をかけて、うんとばかりに抱き起こした。顔は土だらけであった。司法主任がハンケチ

を出して、その土をていねいに拭いとった。職務だからこそ出来るのである。この人たち

とて、おなじ人間の感情を持っているのだ。司法主任の手がいくらかふるえていたとして

も、嗤わらうことは出来ないだろう。

「さあ、為さん、見ておくれ。こわがっちゃいけない。君はこの場の大立て者じゃない

か。勇気を出して……これはいったい誰だね」

 屍体の顔は、むろん、恐ろしくひん曲がっていた。しかし、金田一耕助のおそれたよう

に毀き損そんしてもいなかったし、腐敗の度もそれほどひどくはなかった。為さんはガチ

ガチ歯を鳴らせながら、その恐ろしい屍体の顔に、じっと眼を注いでいたが、

「ひゃっ! こ、こ、これゃ『黒猫』のマスターだ……」

 金田一耕助は署長と司法主任をふりかえったが、この事は、屍体が男とわかったときか

ら、すでに予想されたところだったので、二人ともそれほど驚きはしなかった。署長は金

田一耕助にむかってうなずきながら、

「それじゃ、マスターも殺されていたんだね」

「畜生、いくら探しても行く方がわからん筈だ。それにしても殺されたのは……」

「十四日の晩ですよ。G町の交番のよこを通りすぎてから、すぐこの寺へひっぱりこま

れ、ぐゎんと一撃、それで万事はおわったんです。あとはこうして、屍体をかくしておけ

ばよかった。警察ではかれを、お繁殺しの犯人、あるいは共犯者として捜索するという段

取りになる。そこが、この事件のほんとうの犯人のねらいだったんです」

「そして、その犯人というのは鮎子なんだね」

「そうです」

「その鮎子はどこにいるんですか」

 司法主任が、もどかしそうに口をはさんだ。

「この寺にいます。ほら、向こうの土蔵のなかに。……」

 日はすでに暮れかけていた。人っ気のないひろい寺内は、うすねずみ色にたそがれて、

風の冷たさが身にしみて来た。金田一耕助が指すところを見ると、本堂や庫く裡りからは

るか離れた境内の奥、奥の院ともいうべき小さなお堂のそばに、一棟の土蔵がポツンと

立っていた。それは、寺の什じゆう器きや宝物をおさめるところで、火災をおそれて、と

くに他の建物から、はなして建ててあるらしかった。

 一瞬、一同はしいんと黙りこんでいたが、だしぬけに刑事がバラバラと駆け出した。そ

の後ろから署長と司法主任もつづいた。金田一耕助は為さんをふりかえって、

「為さん、そのつるはしを持って来て下さい。ほかの二人は、ここに残っていて下さい」

 為さんはつるはしを提さげて金田一耕助のあとに続いた。

 土蔵の扉には外側から、大きな錠がかかっていた。

「この鍵は日兆君が持ってる筈です。ほかにもあるかも知れないが、中風で寝ている和尚

さんを騒がせるのも気の毒です。つるはしで破ることにしましょう」

 錠は間もなく破れた。金田一耕助は、為さんの労をねぎらってその場を去らせると、自

ら扉に手をかけた。さすがに緊張しているらしく、掌が汗でベトベトしていた。

「皆さん、気をつけて下さい。相手は手負い猪じしのようなものです。女だと思って、油

断をしちゃいけませんよ」

 署長をはじめ司法主任や村井刑事も、手を握ったり開いたりしていた。金田一耕助はい

きを大きく吸いこむと、うんと力をこめて重い扉をひらいた。……

 と、そのとたん、

「危い!」

 村井刑事が金田一耕助のからだを突きとばした。金田一耕助はふいをつかれて、よろよ

ろとよろめいて膝をついたが、ズドンという銃声とともに、ヒューッと弾丸が、耕助の頭

上をかすめてとおったのは、実にその瞬間だった。相手が飛び道具を持っていようとは、

さすがの金田一耕助も予期していなかった。刑事がつきとばしてくれなかったら、恐らく

かれは、頭を貫かれて即死していたにちがいない。

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