「そこにいるの良さん? ああ、鈴子もいるのね。三郎はどうしたんです。三郎の姿を見
やあしなかった?」
「三ぶちゃん? 三ぶちゃんはまだ寝てるんじゃありませんか」
「いいえ、寝床のなかはもぬけの殻ですよ。あたし、あの音をきいて、一番に三郎を起こ
しにいったんだけど……」
「金田一君はどうしたんですか」
隆二の声に銀造が霧の中を見回しているとき、離家の中から耕助のけたたましい声がき
こえた。
「誰か医者を呼んで来て下さい。三郎君が……」
あとは霧のなかに陰にこもってきこえなかったけれど、それをきいたとたん、一同は石
のように体を固くしたようであった。
「三郎が殺された!」
糸子刀自が、悲痛な声で叫んで、寝間着の袖を眼にあてた。
「お母さん、あなたは向こうへ行っていらっしゃい。ああ、お秋さん、お母さんと鈴子を
頼みます。それから医者を……」
折りから駆けつけて来た新家の秋子に、糸子刀自と鈴子をまかせておいて、隆二、良
介、銀造の三人は枝折り戸のなかへなだれこんでいった。離家の雨戸はこの間と同じよう
にぴったりしまっていたが、欄間から洩れる灯の色が霧の中に明るい光をはねかえしてい
る。
「あっち、あっち──西の縁側から入って来て下さい」
そういう耕助の声は、しかし玄関のすぐ内側からきこえるのである。一同が西へまわる
と、このあいだ源七の打ち破った雨戸がいちまいひらいている。そこからなかへ飛びこむ
と、襖ふすまも障子もあけっぴろげて筒抜けになった座敷をとおして、薄暗い玄関の土間
に、耕助がしゃがみこんでいるのが見えた。三人は揉みあうようにしてそのほうへ駆け
寄ったが、すぐしいんと、凍りついたようにその場に立ちすくんでしまったのである。
玄関の三和土たたきに、三郎が背中を丸くして倒れていた。その背中の右の肩からかい
がら骨のあたりへかけて、真っ赤な血がしぼるようににじんでおり、右手は玄関の戸の内
側によわよわしく爪を立てていた。
隆二は一瞬、棒を飲んだようにそこに立ちすくんでいたが、すぐ腕をまくりあげて土間
へとびおりると、耕助の体を押しのけるようにして三郎のうえにかがみこんだ。それから
すぐ顔をあげると、
「良さん、すまないが母屋へ行って僕の鞄かばんを持って来てくれないか。それから村の
お医者さんに一刻も早く来てくれるようにって……」
「三ぶちゃんは……三ぶちゃんはいけないのかい」
「いや、たいていは大丈夫と思う。深ふか傷ではずいぶん深傷だが。……気をつけて。
……お母さんをあまり驚かさないようにしてくれたまえ」
良介はすぐ離家を出ていった。
「何かお手伝いすることはありませんか」
「いや、あまりいじらないほうがいいでしょう。いま良介さんが鞄を持ってきてくれるか
ら」
隆二の声にどこかそっけない響きがあったので、銀造は眉をしかめて耕助を見た。
英语
韩语
法语
德语
西班牙语
意大利语
阿拉伯语
葡萄牙语
越南语
俄语
芬兰语
泰语
丹麦语
对外汉语



