かれは自転車をおりると、そのへんにいあわせた刑事をつかまえ、しきりに何か話して
いたが、すると刑事は驚いたように耕助の顔を見直した。
「へへえ、すると久──村へいってきいて来るんですか」
「そうです、そうです。ご苦労ですが一軒一軒虱しらみつぶしにきいてみて下さい。どう
せそんなに家数があるわけじゃないでしょう」
「ええ、そりゃそうですが……警部さんは……?」
「いや、警部さんには僕から話しておきます。これは大事なことですから。……じゃ、こ
れを渡しておきましょう」
耕助が刑事に渡したのは、どうやらさっき白木静子に見せた、あの三本指の男の写真で
あるらしかった。刑事はそれをポケットにおさめると、不思議そうに小首をかしげなが
ら、自転車に乗って飛び出していったが、その後を見送っておいて耕助は玄関のほうへ
とってかえした。そこには銀造が待っていた。
「耕助君。あんたは三郎の話をきかなくてもいいのかね」
「いや、いいんですよ。その話ならどうせ後から警部さんにきけますからね」
「刑事を久──村へやったようだが、久──村に何かあったのかね」
「ええ、ちょっと、……その事はいずれ後でお話ししますがね」
にこにこ笑っている耕助の瞳のなかを、じっと視つめていた銀造は、やがて満足そうな
溜め息をもらした。
銀造にはわかるのである。耕助の模索時代はもう過ぎたのだ。かれの頭脳──いつか天眼
鏡や巻き尺のかわりにこれを使いますといって叩いて見せた頭脳の中に、いまや論理と推
理の積み木が一つ一つ積み重ねられているのだ。かれの瞳の輝きがそれをよく物語ってい
る。謎の解けるのはもう近い……と。
「川──村で何か訊いて来たんだね」
「ええ。そのことについておじさんに話があるんです。しかし、ここじゃいけない、向こ
うへ行きましょう」
二人は前後して茶の間へ入っていった。一柳家の人々は残らず三郎の枕ちん頭とうに集
まっているので、茶の間には誰もいなかった。耕助や銀造にとっては、この方が結局好都
合であった。
これから言おうとすることは、耕助にとっては大きな苦痛だった。銀造がいかに深く克
子を愛し、いかに深く克子を信用していたか、それを知っている耕助は、おそらくは相手
の夢を破るであろう克子の秘密を打ち明けることに、良心の呵か責しやくにも似た苦痛を
おぼえた。しかしそれは話さずにすむことではなかった。
果たして銀造のおどろきは大きかった。かれは一瞬魂のやり場を失ったもののような眼
つきをした。打ちのめされた犬のような臆病な顔色になった。
「耕さん、そりゃ……しかし……ほんとうの事だろうか」
「ほんとうだと思います。わざわざ噓を言いに来る必要はないのですから。それに克子さ
んの書いた手紙もありますから……」
「克子はなぜその事をおれに打ち明けてくれなかったのだろう。何故そんな友達など
に……」
「おじさん」
耕助はいたわるようにかるく銀造の肩をたたいて、
「若い娘さんなどには、親兄弟や肉親より、あかの他人の友達のほうが、打ち明けやすい
場合のほうが多いのですよ」
「ふうむ」
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