金田一君はいかにも嬉しそうに、がりがり頭を搔きまわしながら、
「そうわかれば、あの男の顔にある大きな傷跡や、三本指の由来もおわかりになったで
しょう。ここでついでにあの男の身分を明らかにしておきましょう。あの男、名前は清水
京吉というんです。後し月つき郡ぐんのもので小さいときから東京へ出ていた。そしてそ
こで自動車の運転手をしていたんです。ところが近頃、その自動車が大衝突して、ああい
う体になった。もう運転手も出来ない。それに非常にからだを悪くしているので、しばら
く静養したいが、おいてくれないかといって、久──村の伯母の所へ手紙をよこした。そこ
で伯母というのがそういうわけならいつでも来いといって返事をやったが、その後なんの
音おと沙さ汰たもない。実は今日来るか明日来るかと待っていたところだというんです。
これは今日木村刑事に久──村へいって調べて貰ったところですがね。ところで清水という
男は伯母の縁づいたさき、即ち久──村へ一度も前に来たことがなかったそうです。それか
ら、この写真をその伯母という人に見せたところが、小さい時にあったきりだからよくわ
からないが、この写真は京さんの父、即ちその婦人の兄弟ですが、その人によく似ている
から多分間違いあるまい、という返事だったそうです。つまりあの三本指の男は、清水京
吉という自動車の運転手で、久──村の伯母をたずねていく途中、このうらの崖のうえで不
幸な生涯を終わったのですよ」
「そして、それが兄によって利用されたんですね」
隆二さんが沈痛な面持ちでいった。しかし警部は隆二さんの気持ちなどかまっていられ
なかったのである。
「ところで、あの日記の断片、あれはどう解釈しますか」
「ははははは、あれも三郎君の小細工の一つですよ。賢蔵氏のように克明に、長年日記を
つけていれば、そのあいだにはいろんな出来事があります。それをあちこち抜き出してモ
ンタージュすれば、どんな筋書きだって、出来上がりますよ。ごらんなさい」
金田一君がノートのあいだから取り出したのは、焦げた五枚の日記の断片だった。
「この中の一、……浜へおりて行く途中、いつものところを通ったら、今日もお冬さんが
琴を弾いていた。私はちかごろあの琴の音をきくと切なくて耐ま……、これと第三の……
はお冬さんの葬式だ。淋しい日、悲しい日、島は今日も小雨が降っている。お葬式につい
ていったら……と、それからもう一枚、第五の……島を去るまえに私はもう一度お冬さん
のお墓に参った。野菊を供えてお墓のまえに額ぬかずいていると、どこからか琴の音が聞
こえて来るような気がした。私は率然として……と、以上の三枚は、ペンの工合といい、
インキの色といい、また文章のなかに出て来るお冬さんという名前から見ても、明らかに
同じときに書かれたものです。ところが、第二の……あいつだ、あいつだ。私はあの男を
憎む。……私は生涯あの男を憎む。……これと第四の、……私はよっぽどあいつに決闘を
申し込もうかと思った。この譬えようもない憤激。淋しく死んでいったあの人のことを思
うと、私はその男を八つ裂きにしてやっても飽き足らぬ。私はあの男を生涯の仇敵とし
て、憎む、憎む、憎む……と、この二枚はまえの三枚とペンもちがえばインキもちがって
いる。ところで、一、三、五の三枚、これを書いたときは旅行中なんですから、そう幾本
も万年筆を用意していたとは思えない。だから二と四とは、全然ちがったときに書かれた
ものにちがいないんです。それに書体などから見て、この二と四とは、ほかの奴より前に
書かれたのじゃないかと思われる。つまり、賢蔵氏がまだ大学にいられた頃のことじゃな
いかと思うんですが、隆二さん、それについて、あなたにはほんとうに何もお心当たりは
ないのですか。学校にはいる時分、何かそのような事件があった事を、あなたはほんとう
にご存じじゃないのですか」
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