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黒猫亭事件--八(4)

时间: 2023-11-27    进入日语论坛
核心提示:「動いたら、撃つよ」 扉のすぐうちがわで、上ずった女の声がした。膝をついたまま、金田一耕助が見上げると、暗い、穴のような
(单词翻译:双击或拖选)

「動いたら、撃つよ」

 扉のすぐうちがわで、上ずった女の声がした。膝をついたまま、金田一耕助が見上げる

と、暗い、穴のような土蔵の内部を背景にして、ケバケバしい洋装をした、断髪の女が

すっくと立っていた。どぎつい白粉と口紅にもかかわらず、その顔はドス黒い残忍さと、

絶望で土色になって、大きく見張った眼からは、ものに狂った兇暴さと、殺気が迸ほとば

しり出ていた。女の握ったピストルの銃口は、上からぴたりと金田一耕助をねらってい

る。

 金田一耕助はいうに及ばず、署長も司法主任も村井刑事も真っ蒼さおになった。

「あんたはいったい、どういう人なの」

 女の声は抑えかねる怒りに、ふるえているようであった。憎しみと、怨うらみによじれ

るような声であった。

「警察の人じゃないわね。警察の人でもないのに、いったい、あたしに何んの怨みがあっ

て、せっかく、暗くら闇やみのなかにかくれているものを、明るみへひきずり出すような

真似をするの」

 女は咽の喉どの奥から、ヒステリックな声をふりしぼって、

「いいえ、あたし知ってるわ。みんなあんたがやったことよ。昨日もあんたが墓場のあた

りを、うろついているのを見たわ。だから、あたし、危ないと思って、ここを出ていきた

かったのだけれど、日兆の馬鹿が、あたしのいうことをきかないで、出してくれようとし

なかった。あの馬鹿さえいなかったら、とうの昔にあたしは逃げていたのよ……」

 女はギリギリと、音を立てて歯ぎしりをすると、急に気が狂ったように断髪を左右に

ふって、

「だけど、こんなこといったって仕方がないわ。万事はおわった。あたし覚悟はきめてる

わよ。だけど、その人、もじゃもじゃ頭のおせっかい屋さん、あたし一人じゃ死なないこ

とよ。あんたも一緒に来てもらうわ。仲よくお手々つないで、三さん途ずの川を渡りま

しょうよ」

「止せ!」

 署長が怒鳴って一歩まえへ踏み出した。だが、金田一耕助は片手をあげてそれをとめる

と、悲しそうなかおをして首を左右にふった。女がピストルを動かしたので、署長もそれ

以上まえへ出るわけにはいかなかった。

「さあ、お立ち、立てないの」

 女がかん高い声で叫んだ。金田一耕助はよろよろと立ち上がって、女と真正面に向かい

あった。金田一耕助はもう、何を考える力も、何をどうしようという気力もなかった。腑

抜けのように全身から力が抜けて、立っているのさえ大儀なような気がした。

 署長と司法主任と村井刑事の三人は、少しはなれたところに、ひとかたまりになったま

ま、気が狂ったように騒いでいた。しかし、かれらにもどうすることも出来なかった。か

れらが動くことは、金田一耕助の死期を早めるばかりであった。金田一耕助の胸をねらっ

たピストルは、いつでも、火を吹ける用意が出来ているのである。

 金田一耕助は、全身にけだるいものが這いあがって来るのをかんじた。撃つなら、早く

撃ってもらいたい。

「ふふふふふ」

 女はとても人間とは思えない声でわらった。それからぴたりと狙ねらいを定めると、ピ

ストルの曳き金に指をかけた。

 だが、そのとき彼女は、ふっと金田一耕助の背後を見たのである。いや金田一耕助のみ

ならず、そこに立っている警察官の一団の、むこうに眼をやったのだが、と、その瞬間、

悪魔のような決意と、必死の緊張が一瞬にしてくずれた。ドスぐろい顔に、大きな動揺が

あらわれたかと思うと、みるみるその顔は、子供のベソを搔くときのようにゆがんで来

た。

「お繁!」

 ふかい、ひびきのある声が一同の背後できこえた。

「馬鹿な真似をするな!」

 その瞬間、女は手にしたピストルをかえして、自分の心臓をねらった。ズドン! と音

がして、煙の中に女はくらくらと倒れた。と、同時に金田一耕助も、骨を抜かれたように

よろめいたが、その背中を、強い、逞たくましい腕が来てしっかりと抱きしめた。

「耕ちゃん、しっかりしなきゃ駄目だ」

 いうまでもなく風間俊六であった。

 署長や司法主任や村井刑事は、ばらばらと女のそばへ駆け寄った。そしていま、最後の

痙けい攣れんをしている女から、風間のほうへ眼を向けると、署長は不思議そうなかおを

して訊ねた。

「あなたはいま、お繁とおっしゃったようだが、この女はお繁なんですか」

「そうですとも、お繁ですとも。お繁以外の誰でもありませんよ」

「しかし、金田一さんはこの女を、鮎子という女のようにいっていたが……」

「そうですよ、署長さん」

 金田一耕助は風間俊六に抱かれたまま、ものうげな声でいった。

「その女は『黒猫』のマダム繁子であると同時に、日華ダンスホールにいた、桑野鮎子で

でもあるんです。お繁が一人二役を演じていたんですよ」

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