「では、うちの緑ちゃんがさらわれるかもしれないと、おっしゃるのですか。」
おかあさまは、もうびっくりしてしまって、今にも、緑ちゃんを守るために立ちあがろうとなすったくらいです。緑ちゃんというのは、ことし五歳の始君の妹なのです。
「ウン、そうなのだよ。しかし、今は心配しなくてもいい。わたしたちがここにいれば、緑は安全なのだからね。ただ、これから後は、緑を外へ遊びに出さぬよう、家の中でもつねに目をはなさないようにしていてほしいのだよ。」
いかにも、おとうさまのおっしゃるとおり、緑ちゃんの遊んでいる部屋へは、この座敷を通らないでは行けないのです。それに、緑ちゃんのそばには、ばあややお手伝いさんがついているはずです。
「でも、おとうさん、おかしいですね。そのインド人は、はじめに罪をおかしたそのときの外国人にだけ復しゅうすればいいじゃありませんか。それを今ごろになって、ぼくたちにあだをかえすなんて。」
始君は、どうもふにおちませんでした。
「ところが、そうではないのだよ。じっさい手をくだした罪人であろうとなかろうと、現在、宝石を持っているものに、のろいがかかるので、そのため、ヨーロッパでもいく人もめいわくをこうむった人があるのだよ。おそろしさのあまり病気になったり、気がちがったりしたものもあるということだ。」
「そうですか、それはわけのわからない話ですね……。ああ、いいことがある。おとうさん、ぼく少年探偵団にはいっているでしょう。だから……。」
始君が声をはずませていいますと、おとうさまはお笑いになって、
「ハハハ……、おまえたちの手にはおえないよ。相手はインドの魔法使いだからねえ。おまえ知っているだろう。インドの魔術というものは世界のなぞになっているほどだよ。一本のなわを空中に投げて、その投げたなわをつたって、まるで木登りでもするように、子どもが、空へ登っていくというのだからねえ。
それから、地面に深い穴を掘って、その中へうずめられたやつが、一月も二月もたってから、土を掘ってみると、ちゃんと生きているという、おそろしい魔法さえある。インド人は今、地面に種をまいたかと思うと、みるみる、それが芽を出し、茎がのび、葉がはえ、花が咲くというようなことは、朝飯まえにやってのける人種だからねえ。」
「じゃ、ぼくらでいけなければ、明智先生にご相談してはどうでしょうか。明智先生は、やっぱり魔法使いみたいな、あの二十面相を、やすやすと逮捕なすった方ですからねえ。」
始君は、さもじまんらしくいいました。明智探偵ならば、いくら相手がインドの魔法使いだって、けっして負けやしないと、かたく信じているのです。
「ウン、明智先生なら、うまい考えがあるかもしれないねえ。あすにでも、ご相談してみることにしようか。」
おとうさまも明智探偵を持ちだされては、かぶとをぬがないわけにはいきませんでした。
しかし、黒い魔物は、あすまでゆうよをあたえてくれるでしょうか。始君たちの話を、やつはもう、障子の外から、ちゃんと立ち聞きしていたのではありますまいか。