怪少女
それと知った助手の小林少年は、気が気ではありません。どうかこんどこそ、先生の手で二十面相がとらえられますようにと、神さまに祈らんばかりです。
「先生、何かぼくにできることがありましたら、やらせてください。ぼく、こんどこそ、命がけでやります。」
大鳥氏がたずねてきた翌日、小林君は明智探偵の書斎へはいっていって、熱誠を面にあらわしてお願いしました。
「ありがとう。ぼくは、きみのような助手を持ってしあわせだよ。」
明智はイスから立ちあがって、さも感謝にたえぬもののように、小林君の肩に手をあてました。
「じつは、きみにひとつたのみたいことがあるんだよ。なかなか大役だ。きみでなければできない仕事なんだ。」
「ええ、やらせてください。ぼく、先生のおっしゃることなら、なんだってやります。いったい、それはどんな仕事なんです。」
小林君はうれしさに、かわいいほおを赤らめて答えました。
「それはね。」
明智探偵は、小林君の耳のそばへ口を持っていって、なにごとかささやきました。
「え? ぼくがですか。そんなことできるでしょうか。」
「できるよ。きみならば大じょうぶできるよ。ばんじ、用意はおばさんがしてくれるはずだからね。ひとつうまくやってくれたまえ。」
おばさんというのは、明智探偵の若い奥さん文代さんのことです。
「ええ、ぼく、やってみます。きっと先生にほめられるように、やってみます。」
小林君は、決心の色をうかべて、キッパリと答えました。
名探偵は何を命じたのでしょう。小林君が「ぼくにできるでしょうか。」と、たずねかえしたほどですから、よほどむずかしい仕事にちがいありません。いったい、それはどんな仕事なのでしょうか。読者諸君、ひとつ想像してごらんなさい。
それはさておき、いっぽう怪盗の予告を受けた大鳥時計店のさわぎはひととおりではありません。十名の店員が交代で、寝ずの番をはじめるやら、警察の保護をあおいで、表裏に私服刑事の見はりをつけてもらうやら、そのうえ民間の明智探偵にまで依頼して、もうこれ以上、手がつくせないというほどの警戒ぶりです。
主人の大鳥清蔵氏は考えました。
「奥座敷には例の三段がまえのおそろしい関所があるのだし、そのうえ店員をはじめ、警察や私立探偵の、これほどの警戒なのだから、いくら二十面相が魔法使いだといっても、こんどこそは手も足も出ないにきまっている。わしの店は、まるで難攻不落の堡塁のようなもんだからな。」
大鳥氏は、それを考えると、いささか得意でした。「二十面相め、やれるものなら、やってみろ。」といわぬばかりの勢いでした。
しかし、日がたつにつれて、この勢いは、みじめにもくずれていきました。安心が不安となり、不安が恐怖となり、大鳥氏は、もういても立ってもいられないほど、いらいらしはじめたのです。