奇妙なはかりごと
「あと、もう三日しかないぞ。」
てのひらに書かれた予告の数字に、主人大鳥氏はすっかりおどかされてしまいました。
賊は黄金塔の部屋へ苦もなくしのびいったばかりか、ねむっている主人のてのひらに、筆で文字を書きさえしたのです。
板戸と非常ベルの二つの関所は、なんの効果もなかったのです。
このぶんでは、第三の関所もうっかり信用することはできません。魔術師二十面相にかかっては、どんな科学の力もききめをあらわさないかもしれません。二十面相は何か気体のようにフワフワした、お化けみたいなものに、変身しているとしか考えられないのですから。
大鳥氏はさまざまに考えまどいながら、黄金塔の前にすわりつづけていました。一刻も目をはなす気になれないのです。目をはなせば、たちまち消えうせてしまうような気がするのです。
さて、その日のお昼すぎのことでした。大鳥時計店の支配人の門野老人が、何か大きなふろしき包みをかかえて、店員たちの目をしのぶようにして、奥の間の大鳥氏のところへやってきました。
門野支配人は、昔ふうにいえば、この店の大番頭で、おとうさんの代から二代つづいて番頭をつとめているという、大鳥家の家族同様の人物ですから、したがって主人の信用もひじょうにあつく、この人だけには板戸の合いかぎもあずけ、そのほかの防備装置のとりあつかい方も知らせてあるのです。
ですから、支配人は、いつでも自由に奥座敷にはいることができます。畳の非常ベルのしかけも、柱のかくしボタンをおして、電流を切ってしまえば、いくら部屋の中を歩いても、少しも物音はしないのです。
門野支配人は、そうしていくども板戸を出たりはいったりして、人目をしのびながら、まず一番に、一メートルもある細長いふろしき包みを、それから形は小さいけれど、たいへん重そうなふろしき包みを五つ、つぎつぎと座敷の中へ運びいれました。
「おい、おい、門野君、きみはいったい何を持ちこんできたんだね。商売の話なら、べつの部屋にしてほしいんだが。」
主人の大鳥氏は、支配人のみょうなしぐさを、あっけにとられてながめていましたが、たまりかねたように、こう声をかけました。
すると、支配人は、板戸をしめきって、主人のそばへ、いざりよりながら、声をひそめてささやくのです。
「いや、商談ではございません。だんなさま、おわすれになりましたか、ほら、わたくしが、四日ほどまえに申しあげたことを」
「え? 四日まえだって、ああ、そうか。黄金塔の替え玉の話だったね。」
「そうですよ。だんなさま、もうこうなっては、あのほかに手はございませんよ。賊は、やすやすとこの部屋へ、はいってまいったじゃございませんか。せっかくの防備装置も、なんのききめもありません。このうえは、わたくしの考えを実行するほかに、盗難をふせぐ手だてはありません。相手が魔法使いなら、こちらも魔法を使うまででございますよ。」
支配人は、しらが頭をふりたてて、いっそう声をひくめるのです。
「ウン、今になってみると、きみの考えにしたがっておけばよかったと思うが、しかし、もう手おくれだ。これから黄金の塔の替え玉をつくるなんて、むりだからね。」
「いや、だんなさま、ご心配ご無用です。わたくしは、まんいちのばあいを考えまして、あのときすぐ細工人のほうへ注文をしておきましたのですが、それが、ただ今できあがってまいりました。これがその替え玉でございますよ。」