さあ、店内は上を下への大さわぎです。
「二十面相が家の中にいるんだ。見つけだして袋だたきにしちまえ。」
十数名の血気の店員たちは、手に手にこん棒と懐中電燈を持って、あるいは表口、裏口をかためるもの、あるいは隊を組んで、家中を家さがしするもの、それはそれは、たいへんなさわぎでした。
しかし、やや一時間ほども、店内のすみからすみまで、物置や押入れの中はもちろん、天井から縁の下まで、くまなくさがしまわりましたが、ふしぎなことに、賊らしい人の姿は、どこにも発見されませんでした。
二十面相は、もう、家の中にはいないのでしょうか。風をくらって、逃げだしてしまったのでしょうか。では、どこから? 表も裏も、出入り口という出入り口は、すっかり店員でかためられていたのですから、逃げだすなんて、まったく不可能なことです。
「門野君、きみはどう思うね。じつに合点のいかぬ話じゃないか。……わしにはなんだか今でも、すぐ目の前に、あいつがいるような気がするのだよ。この部屋の中に、あいつの息の音が聞こえるような気がするのだ。」
もとの座敷にもどった大鳥氏は、おびえた顔で、あたりをキョロキョロと見まわしながら、支配人にささやくのでした。
「わたくしも、なんだか、そんな気がしてなりません。あいつは魔法使いでございますからなあ。」
門野支配人も同感のようです。
そうして、ふたりがぼんやりと顔見あわせているところへ、ひとりの若い店員がいそいそとはいってきて、
「今、明智探偵がおいでになりました。」
と報じました。
「なに、明智さんが来られた。チェッ、おそすぎたよ。もう一足早ければまにあったのに。あの人は、きょうまで、いったい何をしていたんだ。うわさに聞いたのとは大ちがいだ。名探偵もないもんだ。」
大鳥氏は黄金塔をぬすまれた腹だちまぎれに、さんざん探偵の悪口をいうのでした。
「ハハハ……、ひどくごきげんがお悪いようですね。あなたは、ぼくがきょうまで何もしていなかったとおっしゃるのですか。」
ひょいと見まわすと、部屋の入り口に、いつのまにか黒い背広姿の明智小五郎が立っているのです。
「アッ、これは明智さん。どうもとんだことを聞かれましたなあ。しかし、あなたが何もしてくださらなかったのはほんとうですよ。ごらんなさい。黄金塔はぬすまれてしまったじゃありませんか。」
大鳥氏は気まずそうに、にが笑いしながら言うのでした。
「ぬすまれたとおっしゃるのですか。」
「そうですよ。予告どおり、ちゃんとぬすまれてしまいましたよ。」
大鳥氏は腹だたしげに、門野支配人の考えだしたトリックの話をして、まだ畳をあげたままになっている床下を指さしながら、ほんものの黄金塔がなくなったしだいを語るのでした。
「それはぼくもよく知っています。」
明智探偵は、そんなことは、いまさら説明を聞かなくても、わかっているといわぬばかりに、ぶっきらぼうに答えました。
「エッ、ごぞんじですって? そ、それじゃ、あなたは、知っていながら、二十面相がぬすんでゆくのを、だまって待っていたのですか。」