主人はあっけにとられて、かわいらしい少女の顔をながめました。
「ハハハ……、千代は少女ではありませんよ。きみ、そのかつらを取ってお目にかけなさい。」
探偵が命じますと、少女はにこにこしながら、いきなり両手で頭の毛をつかんだかと思うと、それをスッポリと引きむしってしまいました。すると、その下から、ぼっちゃんがりの頭があらわれたのです。少女とばかりに思っていたのは、そのじつ、かわいらしい少年だったのです。
「みなさん、ご紹介します。これはぼくの片腕とたのむ探偵助手の小林芳雄君です。こんどの事件が成功したのは、まったく小林君のおかげです。ほめてやってください。」
明智探偵はさもじまんらしく、秘蔵弟子の小林少年をながめて、にこやかに笑うのでした。
ああ、なんという意外でしょう。少年探偵団長小林芳雄君は、小娘のお手伝いさんに化けて、大鳥時計店にはいりこんでいたのです。そして、まんまと二十面相にいっぱい食わせてしまったのです。
「へえー、おどろいたねえ、きみが男の子だったなんて、うちのものはだれひとり気がつかなかったのですよ。なかなかよくはたらいてくれましたね、いい人をお世話ねがったとよろこんでいたくらいですよ。小林さん、ありがとう。ありがとう。おかげで家宝をうしなわなくてすみましたよ。明智さん。あなたは、いいお弟子を持たれて、おしあわせですねえ。」
大鳥氏は、ホクホクとよろこびながら、小林君の頭をなでんばかりにして、お礼をいうのでした。
「ですが、明智さん、たった一つざんねんなことがありますよ。さいぜん二十面相のやつが、どこからか、わしたちに話しかけたのです。ざまをみろといってあざわらったのです。あなたが、もう一足早く来てくだされば、あいつをとらえたかもしれません。じつにざんねんなことをしましたよ。」
大鳥氏も、黄金塔をとりかえしても、賊を逃がしたのでは、後日またおそわれはしないかと、寝ざめが悪いのです。
「大鳥さん、ご安心ください。二十面相はちゃんととらえてありますよ。」
明智探偵は、意外なことをズバリといってのけました。
「エッ、二十面相を? あなたがとらえなすったのですか。いつ? どこで? そして、今あいつはどこにいるんです。」
大鳥氏はあまりのことに、ことばもしどろもどろです。
「二十面相はこの部屋にいるのです。われわれの目の前にいるのです。」
探偵の声がおもおもしくひびきました。
「へえ、この部屋に? だって、この部屋にはごらんのとおり、わしたち四人のほかにはだれもいないじゃありませんか。それとも、どっかにかくれてでもいるんですかい。」
「いいえ、かくれてなんぞいませんよ。二十面相は、ほら、そこにいるじゃありませんか。」
いいながら、われらの名探偵は、意味ありげにニコニコと笑うのでした。
読者諸君、明智探偵はなんという、とほうもないことをいいだしたのでしょう。大鳥氏も門野支配人も、自分の目がどうかしたのではないかと、キョロキョロとあたりを見まわしました。でも、その部屋には何者の姿もないのです。ああ、それではやっぱり、二十面相はあの魔術によって、気体のようなものに化けて、この部屋のどこかのすみにたたずんででもいるのでしょうか。そして、そのだれの目にも見えない怪物の姿が名探偵明智小五郎の目にだけは、はっきりうつっているのでしょうか。