五十男の雄獅子ジャンゴは、全身にタラタラ汗を流しながら、十畳のへやの中を、グルグルはいまわった。
「もっと早く、もっと早く!」
そして、ピューッとむちが……だんだら染めの騎手のかかとが、男のダブダブの太鼓腹に角を入れ、締めつけた。
男はゼイゼイ息をはずませながら、まっかに充血した顔からポトポト汗をたらして、全力をふりしぼって、死にもの狂いにはいまわった。恐ろしい速さで、ひざをすりむきながら、その血がじゅうたんをぬらすほども走りまわった。
奇怪な馬が魔法鏡の前を通るたびに、ギョッとする大映しになって、のぞき見する男を眩惑させた。縦横にむちの血の川を描いた巨大なおしりと、その上に重なっているだんだら染めの大きな桃のようなおしりとが、弾力ではずみ、ゆらぎ震えて、眼前一尺の近さを通りすぎた。
やがて、男の力がだんだん尽きていった。しかし、獅子使いは許さなかった。へとへとになって、ぶっ倒れるまで曲乗りをやめなかった。
男は乗りつぶされて、ぐったりとふとんの上に横たわったまま動かなくなった。
大きなからだは汗とほこりと血にまみれ、どろのようによごれて、激しい息づかいに、肩と胸と腹が大波のようにゆれていた。
「ウ、ウウウウウ、もっと……もっと……ふんづけてくれ……ふんづけて、踏み殺してくれい!」
ことばともうめきともわからぬ音が、男の口から漏れてきた。プロテアの美女は、横倒しになった醜悪なけだものを見おろして、嫣然と笑った。ボタンの花が開くように笑った。
彼女はその笑いをやめないで、右足をあげると、男の肩先をぐっと踏みつけた。獅子退治の女勇士が誇らかにみえをきった。それから、彼女の足は、ダブダブと肥え太った男のからだじゅうを、まるで臼の中のもちを踏むように踏みつづける。そのたびに、男の口から、けだものの咆哮に似た恐ろしいうめき声がほとばしった。
その足は、男のあおむきになった息も絶えだえの紫色の顔の上さえも、目も、鼻も、口も、ところきらわず踏みつづけた。いや、足ばかりではない。その顔の上へ、二つの丸いだんだら染めのおしりが、はずみをつけて落ちていき、そのまま顔をふたしてしまった。男は鼻と口との呼吸をとめられて、苦しさに手足をのたうち、断末魔のようにもだえるのであった。
そして、ついには、まったく息絶えたかのように、ぐったりと伸びて、雄獅子は静止してしまった。
そこで美女はやっと呵責を許し、静かに男からはなれて、美しい形で立ち上がった。顔には汗ひとつ見えず、呼吸もおだやかに、例のボタンの嫣笑をつづけながら、ごうぜんとして、倒れたけだものを見おろしていた。