両側に商家のある町が、いつまでもつづいていた。かわいい男の子がおとうさんの自転車のおしりにのせてもらって、おとうさんの大きな腰にしがみについて、楽しそうに通りすぎていった。学校帰りの女の子がおおぜいつながって、電車通りを横切っていった。先に立ってうしろ向きに歩いているのは、やさしそうな男の先生だった。意地のわるそうな大きな子がいた。キャッキャと笑っている子がいた。ひとり列をはなれてしょんぼり歩いている子もいた。
一時間も歩いていると、町がだんだん寂しくなってきた。さち子には珍しいわらぶきの家もあった。原っぱがつづいたり、お社の森があったりした。町の家並みのうしろに、畑が見えてきた。一軒のわらぶきの家では、タバコや、荒物や、菓子を売っていた。菓子を入れた箱のガラスのふたに、白くほこりがつもっていた。やさしそうなおばあさんが、店先で居眠りをしていた。
道のそばを小川が流れていた。いなかの子どもたちが、網でさかなをすくって遊んでいた。小さなバケツが置いてあるので、のぞいてみると、メダカみたいなかわいらしいさかなが二、三匹、チロチロ泳いでいた。子どもたちは、みんな意地わるでなさそうに見えた。そのなかに、かわいらしい子がひとりいた。
もう家がなくなってしまった。両側は畑ばかりであった。大きな原っぱがあったので、そのほうへ曲がっていった。白い土の道であった。さち子は知らなかったが、そこはある大きな土地会社の分譲地であった。まだ地盛りもできていなかったけれど、土地会社の所有地という柱が立っていた。どこにも家はなく、人もいなかった。遠くこんもりした森がいくつもちらばっていた。空は青々として、やわらかい日ざしが地面をあたため、ユラユラとかげろうが立っていた。むこうの草が、湯気を通して見るように、ゆらいでいるのが不思議だった。
さち子はだんだん夢見ごこちになっていった。自分の掘っ立て小屋から遠く遠く離れてしまって、もう帰るにも帰られないという考えが、彼女の小さい胸をからっぽにして、フワッとからだが軽くなるような、これまでまったく経験したことのない一種異様の情感がわいてきた。この二、三年、一度も泣かなかったさち子の目に、涙がふくれあがって、それがほおを伝って、とめどもなくポロポロとこぼれ落ちた。
どこか遠いところから、ブーンというアブの羽音のようなものが聞こえてきた。さち子はグルッとからだを回して、目のとどくかぎりを見た。音は空から来ることがわかった。そのほうに目をやると、青々と底知れぬ空のかなたに、一つの黒点が見えた。何か日を反射して、星のようにチカッチカッと光っていた。
その黒点はみるみる大きくなってきた。鳥ではない。胴体をはなれた上のほうで、トンボの羽のようなものが、ブンブンまわっている。頭がでっかくて、キラキラ光っている。さっき星のように見えたのは、この部分にちがいない。さち子はいつか見て知っていた。それはヘリコプターという飛行機であった。
機体の形が大きくなるとともに、音も大きくなってきた。ガラスのへやのような透明な操縦席にいる小さな人の姿も見える。
「どこへ行くのかしら」
さち子は、自分たちの生活からは遠い空飛ぶ機械を、まぶしく見上げていた。
ヘリコプターは、彼女の頭の真上まで来ると、地上に向かって、形を大きくしてきた。オヤッ、この辺へおりるつもりかしら。音は耳を聾するばかりで、機体は目を圧して巨大になり、サーッとあらしのような風が吹きつけてきた。
草が波のようにゆれて、土ぼこりが目の前に舞いあがり、からだが吹きとばされそうになった。さち子は両手で顔をおおって、息もできなくなって、その場にしゃがんでしまったが、やがて風がやんだので、目をひらいてみると、原っぱの二十メートルほどの近さに、ヘリコプターが降りていた。そして、ガラスのへやからひとりの妙な男の人が降りてくるのが見えた。