まるで、ふたりの実業家が、商売の話をしているように見えた。かれらはそれほど平然として、この驚くべき会話を取りかわしていたのである。
「だから、大金持ちばかりをねらうのです。社会的地位が高くても、案外、人を殺したがっているのがあるものですよ。金があり、地位があるだけに、自分では殺せない。自分には絶対に迷惑のかからない方法があれば、殺したいという虫のいい考えですね。ほんとうのことをいうと、これはだれでも持っている殺人本能というやつじゃないでしょうか。ただ、道徳でこれを押えているのです。いや、たいていの人は、殺したいけれども、殺せば自分が社会的の制裁を受ける。つまり、法律によって罰せられる。それがこわさにがまんをするくせが、遠い先祖以来、ついてしまっているのですね。本心の底の底をいえば、だれだって殺したい相手のひとりやふたりはあるものですよ。犯罪映画やチャンバラ映画を見て楽しめるのは、そういう潜在願望のはけ口になるからですね。
そういうわけで、地位のある大金持ちのほうが、何かといえばすぐにジャックナイフやピストルを出すよた者なんかに比べて、この殺人願望がはるかに強いのです。だから、かれらは絶対安全とわかれば、金はいくらでも出します。金では計算ができないほど強い欲望なのですからね。そこで、ぼくらの会社の営業がじゅうぶんなりたつというわけですよ」
もうささやき声ではなかった。まるで小説の筋でも話しているといった、屈託のない調子であった。さすがの影男春泥も、この須原と名のる小男のしたたかさには、内心あきれ返っていた。
「いったい、そんな会社を、いつから始めたのです。そして、今までに、どれほどの業績をあげているのです?」
春泥はハイボールの残りをグイと干して、こちらも平気な顔でたずねた。
「オーイ、お代わりだ」
小男はびっくりするような大きな声で、ボーイに命じた。ふたりの話を人に聞かれても平気だという大胆不敵の態度である。しかし、かれは要所要所では、けっして漏れ聞かれないように、綿密な注意を怠ってはいなかった。やっぱり、かみそりのように鋭い男だ。
「まだ一年にしかなりません。こういう事業の相談がなりたつのには、よほどうまい条件がそろわないとだめなものですが、ぼくら三人はその点では申しぶんなく気が合っているのです。古風にお互いの血をすすり合うというようなまねはしませんけれども、それ以上の仲です。生死を共にする仲です。そういう三人が偶然知り合ったから、うまくいっているのですよ。
みんなインテリです。鋭い知恵を持っています。ぼくは学者くずれ、もうひとりの男は評論家くずれ、女は女医くずれです。
業績ですか。ぼくらの会社はこの一年間に、三十人をこの世から抹殺しています。もっとも、二十五人は集団殺人でしたがね。つまり、たったひとりを殺すために、なんの関係もない二十四人を犠牲にしたのです。ですから、依頼件数でいえば六件にすぎません。しかし、それから受けた会社の収益は数千万円にのぼっています」
「その集団殺人というのは、汽車ですか、バスですか、船ですか、それとも飛行機ですか」
春泥はだんだん興味を持ちはじめていた。
「フフフ、さすがにすばやいですね。実は汽車でした。場所は申しませんが、高いがけの下を通って、急カーブを切る、そのかどのところへ、がけの上から、列車の来るのを見すまして、岩をころがしたのです。岩はレールに落ち、列車は見通しがきかないために、それにのり上げて、客車の一部が反対側の谷底に転落しました。二十五人というのは、死者だけの数ですよ」
「それで、うまく目的を達したのですか」
「偶然、目的の人物が死者の中にはいっていました。やりそこなえば、また別の手段をとるつもりでしたがね」
「だれが岩を落としたのです」
「むろん、ぼくらじゃありません。罪のない子どもです。その子どもに、ちょうどその時間に岩を落とさせるようにしたのは、ぼくらのひとりでしたがね。子どもは岩がレールに落ちるなんて少しも考えないで、ただいたずらをやってみたにすぎません。こうすれば、こんな大きな岩が動くという暗示を受けて、おもしろがってやってみたのにすぎません。それを教えたのは、どこから来て、どこへ行ったとも知れぬ旅の男です。しかも、少しも悪意はなかったように見えたのです。ですから、この事件は犯罪にはなりませんでした」
「おもしろい。ぼくもそういう小説を書いたことがある」
「そうですよ。そのあなたの小説から思いついたのですよ」
「え、ぼくの小説から?」
「だから、愛読者だといったじゃありませんか。普通の愛読者じゃないというのは、ここのことですよ」
須原と名のる男は、そういってニヤリと笑ったが、さらに話をつづける。
「そのほかの五つの場合も、それぞれにくふうをこらしました。海水を洗面器に入れて、顔をその中へ押しつけて殺し、死体をその海水をとった海へ投げこんで、溺死を装わせるとか、なぐり殺した死体を自動車にのせて峠道をのぼり、がけのそばでこちらは運転台から飛びおり、谷底へ転落させて、死んだ男が運転をあやまったように見せかけるとか、どれもこれも創意のあるくふうをこらしたのです。いわば、芸術的殺人ですよ。われわれは芸術家をもって任じています。いくら金もうけのためといっても、平凡な人殺しはしたくありません。そして、芸術的であると同時に、いつも完全犯罪でなくてはならないのです。絶対に犯人が発見せられてはならないのです。