よく見ると、ひとりの女のわきの下にはさまれ、別の女の顔がこちらを向いて、にこやかに笑いかけていた。ひとりの女のゆたかなおしりの下に、別の女の乳ぶさが震えていた。腕と腕とがねじれ、足と足とがからまり、ある腕や足は肉の枝となって横ざまに伸び、ふりみだした黒髪は、巨木にまといつくツタカズラとも見えて、それらがつとめて静止してはいるのだが、若い生きもののことだから、むくむくと、絶えずどこかが動いている。
それがただ一本の幹ならば、さして驚くこともないのだが、何百何千本、同じような裸女の巨木が目もはるかに、無限のかなたまでつづいている。こんなことがはたしてありうるのであろうか。
一本の木に十数人としても、数百本、数千本となっては、ほとんど数えきれない裸女を動員しなければならない。この地底世界に、それほどの巨資があるのであろうか。このまえにちょびひげがいっていたのでは、地底世界の女の数は百人ぐらいのはずであった。そのくらいの人数で、この見るかぎり裸女で埋まっている森林ができ上がるはずはない。
やっぱりパノラマの原理で、遠方の木は壁画にすぎないのであろうか。だが、それにしては、はるかかなたの小さく見える木々までも、みな生あるもののごとくうごめいているのは、どうしたわけであろう。
三人はあまりの妖異に、ものいうことも忘れて、ふらふらと、裸女の幹から幹へとさまよっていった。かれらの右ひだりを、白、桃色、キツネ色の、あらゆる曲線が送りまた迎えた。顔を外向けにしているのはごくまれであったが、その顔は皆、三人の旅行者にみだらなほほえみを送った。顔のまわりには、ふくよかな腰、腹、乳、肩、しり、もも、腕がひしひしと取りかこんで、微妙に蠕動していた。ある膚は白くなめらかに、ある膚は桃色に上気し、ある膚はにおやかに汗ばんでいた。
「おやッ、見たまえ、あっちから、黒ビロードの見物人がやって来るぜ」
須原が地底にはいってから、はじめて口をきいた。
見ると、向こうの樹間に、ちらちらと黒い人影が見える。やっぱり三人づれでこちらへやってくる。
「アッ、あっちにもいる」
そのほうを見ると、そこにも同じような三人づれ。
「ごらんなさい。うしろからもやって来る」
運転手の声にふり返ると、後方の樹間にやっぱり三人の黒い人影。
「や、あすこにも!」
「おや、こちらからも!」
三人はグルグルまわりながら、四方をながめまわしたが、四方八方の立ち木のかなたに、無数の黒い人影がちらついていることがわかってきた。そればかりではない。二十メートルほどのところに立っている三人の黒衣のはるか向こうに、また同じような人影がちらつき、そのまた向こうの、かすんで見わけられぬほどの遠方にも、小さな人影が見えている。四方八方そのとおりなのだから、この森の中にいる黒ビロードの見物人は、ほとんど数えきれないほどの数である。
いよいよ、ただごとではない。こちらが気でも狂ったのではないか。恐ろしい夢を見ているのではないか。
「アハハハハハ」
突然、影男が笑いだした。ほかのふたりはギョッとして、その顔を見つめる。
「わかった。手品の種がわかったよ。鏡だ。鏡が四方にはりつめてあるんだ。いや、四方じゃない。ここは八角形のへやで、八方が鏡になっているんだ。だから、ほんものの女体の木は十本ぐらいで、あとは鏡に写ったその影なんだ。八面の鏡に反射し、逆反射するので、無限に遠くまでつづいているように見えるんだ。黒ビロードの見物もそのとおり、ほんものはわれわれ三人きりだが、それが八方の鏡に映って、あんなにおおぜいに見えるんだ。
地上世界の見せ物でこんなことをやれば、すぐに種がわかってしまうが、地底の洞窟という好条件がある。それに、照明が実にうまくできている。そこへもってきて、女ばかりでできた木の幹というずばぬけた着想だ。ひょいとここへいれられた見物は、どぎもを抜かれて、つい目もくらもうじゃないか」
手品の種がわかっても、目の前の不思議なながめは、少しも魅力を失わなかった。ともかくも、何十人というほんものの裸体の娘が、巨木の幹の代理をつとめているのだ。その一つ一つにちがった膚の色、肉のふくらみ、曲線の交錯、サイレンのようにみだらな笑顔、それらの細部を見つくすまでは、男心を飽きさせることはないのだ。
そのとき、どこからともなく、おどろおどろしく太鼓の音が聞こえてきた。怪談作家ブラックウッドが、アマゾン川の流域の無人の境で聞いたというあの別世界の音響のように、所在不明の太鼓の音が響いてきた。
三人は慄然として立ちどまり、互いの目をのぞき合った。
太鼓についで、静かに起こる弦楽の音、十数張りのバイオリンのかなでるこの世のものならぬ妖異のしらべ。それにつれて、裸女の森林をゆるがす大音響がわき上がった。美しく、雄大きわまる女声の四部合唱。木々の幹なる裸女どもが、口をそろえて歌っているのだ。その歌声は洞窟にこだまし、八方の鏡にはねかえされて不思議な共鳴を起こし、無限のかなたまでつづく大森林全体が、歌に包まれ、歌に揺れているように感じられた。