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影男-肉体之云(2)

时间: 2022-02-16    进入日语论坛
核心提示: 紺碧(こんぺき)の空が、ドス黒く曇ってきた。そこに現われた一点の深紅の色が、みるみる広がっていった。広がるとともに、それ
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 紺碧(こんぺき)の空が、ドス黒く曇ってきた。そこに現われた一点の深紅の色が、みるみる広がっていった。広がるとともに、それは雄大なひだを作って、カーテンのようにさがってきた。夢の中の緋色(ひいろ)であった。その緋色のカーテンが、うねうねと曲線をなして、空一面をおおいつくし、いつまでも下へ下へとたれてくるように見えた。
「きみ、あれは北極のオーロラだよ。何かの絵で見たオーロラとそっくりだよ」
 緋色の光のカーテンは、横ざまに流れる天女の雲をおおってたれさがってきた。おおわれても透明なカーテンだから、女人雲のなまめかしい姿は、緋色(ひいろ)()に隔てられたように、ありありと見えている。
「アッ、きみ、あの雲は、谷の中へおりてくる。だんだんこちらへ近づいてくる」
 ほんとうに、そのなまめかしい天女の雲は、少しずつ、少しずつ下降していた。もう緋色の光のカーテンをはずれて、その複雑な曲線は桃色に輝いて見えた。
 雲そのものの下降とは別に、七人の女体が、それぞれに優美な身動きをするたびに、絶え間なく雲の形が変わった。
 それはもう断崖(だんがい)のなかほどまで下降していた。断崖の岩膚はまっくろな陰になっているのに、天女の雲だけが、みずから光を発するかのように、乳色と桃色に輝いていた。それがもう、目を圧するばかりに、ふたりの犯罪者の頭上に迫っているのだ。
 そのとき、どこからともなく、かすかに異様な音楽が聞こえてきた。こずえを吹く風の音のようでもあった。谷川のせせらぎのようでもあった。肉声とも、管楽とも、弦楽とも聞き分けられなかった。そのどれかのようでもあり、全部のようでもあった。悠久(ゆうきゅう)なるふるさとを恋うる音色であった。それには、神と、死と、恋との音調がまじっていた。
 それと同時に、谷底のふたりのそばの岩のすきまから、ほのかに青い煙が漂いだしていた。立ち上らない煙であった。重く地底をはう煙であった。うずくまっているふたりの腰にたゆたい、胸にただよい、ついに顔をおおいはじめた。不思議に甘いにおいがあった。かれらはその煙に酩酊(めいてい)を感じた。
 いつのまにか、天女の雲は頭上五メートルに迫っていた。眼界いっぱいに広がる巨大なる桃色の雲となっていた。肉体の雲は、裸女のあらゆる陰影を刻んで、ふくれ、くぼみ、もつれ、からまって、うごめきうごめき下降しつづけた。
 その不思議な美しさは、何ものにも比べることができなかった。瞠目(どうもく)すべき悪夢の中の妖異(ようい)であった。七つの顔が、巨大な花と笑っていた。十四の乳ぶさが、七つの桃型に輝くしりが、十四のなめらかな肩が、腕が、ももが……つややかに、うぶ毛を見せて光っていた。やがて、頭上三メートル、二メートル、ひとりひとりの裸女が、シネラマの巨人となった。もはや雲の全体を見ることはできなかった。わずかにその一部分、ひとりかふたりの巨像を見上げるばかりであった。
 耳には天上の楽の音があった。鼻にはむせかえる香料と女人のはだのにおいがあった。目には深いくぼみを持つ豊満な肉塊があった。肉塊はふたりの上にのしかかってきた。もうひとりの全身をさえ見ることができなかった。それは巨大なる女体の一部分であった。あぶらづいた筋肉とうぶ毛の林であった。
 ふたりは肉塊の圧迫に耐えかねて、徐々に首をちぢめ、ついには谷底の岩の上に仰臥(ぎょうが)してしまった。その顔の上に、はちきれんばかりにつややかな肉塊が迫ってきた。皮膚が接触した。すべすべした冷たいはだざわりだった。顔の上をぴったりと、弾力のある肉塊がふたしてしまった。眼界がまっくらになるいっせつなまえ、そこに顕微鏡的な女体の皮膚があった。巨大な毛穴、ギラギラ光るうろこ型の角質。
 女体の圧迫に窒息したのではない。そのまえに、岩のすきまからはい出した、あのうす青い煙におかされていた。ふたりの犯罪者は、谷底に降下した天女の雲におしつぶされ、その下敷きとなって、意識を失ってしまった。

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