もう一人がその後から走っていった。
百人近くの土方がきゅうにどよめいた。「逃げたなあ!」
「何してる! ばか野郎、馬の骨!」
棒頭は
この時親分が馬でやってきた。二、三人の棒頭にピストルを渡すと、すぐ逃亡者を追いかけるように言った。
「ばかなことをしたもんだ」
誰だろう? すぐつかまる。そしたらまた犬が喜ぶ!
*
その暮れ方、土工夫らはいつものように、棒頭に守られながら現場から帰ってきた。背から受ける夕日に、
源吉はズブ濡れの
皆は何んにも言わないで、また歩きだした。
(体を悪くしていた源吉は死ぬ前にどうしても、青森に残してきた母親に一度会いたいとよくそう言っていた。二十三だった。源吉が、二日前の雨ですっかり濁って、渦 を巻いて流れていた十勝川に、板一枚もって飛びこんだということはあとで皆んなに分った)
* *飯がすむと、棒頭が皆を空地に呼んだ。
まただ!
「俺ァ行きたくねえや……」皆んなそう言った。
空地へ行くと、親分や棒頭たちがいた。源吉は縛られたまま、空地の中央に打ちぶせになっていた。親分は犬の背をなでながら、何か大声で話していた。
「集まったか?」大将がきいた。
「全部だなあ?」そう棒頭が皆に言うと、
「全部です」と、大将に答えた。
「よオし、初めるぞ。さあ皆んな見てろ、どんなことになるか!」
親分は
逃亡者はヨロヨロに立ち上った。
「立てるか、ウム?」そう言って、いきなり横ッ面を
「ばか、見ろいッ!」
親分の胸がハダけて、胸毛がでた。それから棒頭に
「やるんだぜ!」と
一人が逃亡者のロープを解いてやった。すると棒頭がその大人の背ほどもある土佐犬を源吉の方へむけた。犬はグウグウと腹の方でうなっていたが、
「そらッ!」と言った。
棒頭が土佐犬を離した。
犬は歯をむきだして、前足をのばすと、尻の方を高くあげて……源吉は身体をふるわしていたが、ハッとして立ちすくんでしまった。瞬間シーンとなった。誰の息づかいも聞えない。
土佐犬はウオッと叫ぶと飛びあがった。源吉は何やら叫ぶと手を振った。
「
そしてグルッと身体を廻すと、
* *
その晩棒頭が一人つき添って土方二人が源吉の
帰りに一人が、ちょうど棒頭の小便をしていた時、仲間に「だが、俺ァなあキットいつかあの犬を殺してやるよ……」と言った。