日语童话故事 日语笑话 日语文章阅读 日语新闻 300篇精选中日文对照阅读 日语励志名言 日本作家简介 三行情书 緋色の研究(血字的研究) 四つの署名(四签名) バスカービル家の犬(巴斯克威尔的猎犬) 恐怖の谷(恐怖谷) シャーロック・ホームズの冒険(冒险史) シャーロック・ホームズの回想(回忆录) ホームズの生還 シャーロック・ホームズ(归来记) 鴨川食堂(鸭川食堂) ABC殺人事件(ABC谋杀案) 三体 失われた世界(失落的世界) 日语精彩阅读 日文函电实例 精彩日文晨读 日语阅读短文 日本名家名篇 日剧台词脚本 《论语》中日对照详解 中日对照阅读 日文古典名著 名作のあらすじ 商务日语写作模版 日本民间故事 日语误用例解 日语文章书写要点 日本中小学生作文集 中国百科(日语版) 面接官によく聞かれる33の質問 日语随笔 天声人语 宮沢賢治童話集 日语随笔集 日本語常用文例 日语泛读资料 美しい言葉 日本の昔話 日语作文范文 从日本中小学课本学日文 世界童话寓言日文版 一个日本人的趣味旅行 《孟子》中日对照 魯迅作品集(日本語) 世界の昔話 初级作文 生活场境日语 時候の挨拶 グリム童話 成語故事 日语现代诗 お手紙文例集 川柳 小川未明童話集 ハリー・ポッター 新古今和歌集 ラヴレター 情书 風が強く吹いている强风吹拂
返回首页
当前位置: 首页 »日语阅读 » 日本名家名篇 » 星新一 » 正文

ごたごた気流

时间: 2017-12-30    进入日语论坛
核心提示:「これがその、事件発生機とでも称すべきしろものなのだ」 と父親が満足そうな口調で言った。それを聞き、むすこは喜びの声をあ
(单词翻译:双击或拖选)
「これがその、事件発生機とでも称すべきしろものなのだ」
 と父親が満足そうな口調で言った。それを聞き、むすこは喜びの声をあげた。
「おとうさん、ぼくのためにと、これを作って下さったのですね」
「そうだよ」
「ありがとうございます。だけど、完成させるのは大変だったでしょう」
「それはそうだ。いままで、このたぐいの品は世に存在しなかったのだからな。改良とか性能向上というのとはちがう。なにもかもはじめてのことばかりだった……」
 そう話しながらも、父親は目を細めつづけだった。みるからに頭のよさそうな、六十歳ちかい男。これまでにもさまざまな新製品を開発してきた、すぐれた科学者だった。その特許料収入をもとに、小さいが充実した研究所を作り、その所長をやっている。
 一方、むすこの青年は父親と反対に、あまり優秀とはいえなかった。大学を出てなんとかテレビ局に入社したはいいが、いっこうに才能を示さない。もともと彼には才能などなかったのだ。局のほうも持てあましぎみ。第一線からはずし、つまらない地位へ転任させようとの動きがある。
 父親はそれを見るにみかねた。ひとりっ子。できの悪い子供ほどかわいいという。つまり、親ばかだった。なんとかしてやりたいものだ。そこで、ひそかに頭脳と資金と研究所の設備とを動員し、このような装置を作り上げた。
 ショールダー・バッグぐらいの大きさ。大きさばかりでなく、肩にかけるひものついている点も似ていた。しかし、本体はちょっと重みがあり、精巧そのものといった印象を受ける。
「どうやって使えばいいのですか」
 青年は質問した。なによりもまず、それが問題だった。父親は装置の一部を指さして言う。
「ここにあるこれが、小さなレーダー・スクリーンだ。いいか、この装置を肩からかけ、ぐるりとひとまわりする。なぜまわるかというと、この肩ひものなかにアンテナがしかけてあるからだ。周囲のただならぬけはいをキャッチする。すると、スクリーン上に変化があらわれる。ほら、いくつもの点があらわれただろう」
「ええ」
「ここからの距離は、これでわかる。いまは実験だから、いちばん近いやつを目標にしてみよう。つまり、あの方角だ。そこにねらいをつけてボタンを押すぞ。見ていてごらん」
 ここは自宅の二階。父親の書斎だった。窓からは通りを見ることができる。午後の四時ごろ。大ぜいの人が歩いている。本当になにかが起るのだろうか。
 三十歳ぐらいの男女が、いっしょに歩いている。仲むつまじいようすだった。ながめていると、反対側からひとりの男がやってきた。すれちがいかけ、三人がみな一瞬、足をとめて顔をみつめあった。そして、事件が発生した。
 ひとりの男が、まず女を、つぎに連れの男をぶんなぐった。女は道に倒れて泣き声をあげはじめる。しかし、連れの男はそれを助けようともせず、身をかわし、なぐられるのをよけるだけで、さして抵抗もしない。
 それぞれなにか叫びあっているらしいが、なにごとなのか、その声までは聞くことができなかった。
 人だかりがしてくる。だが、なぜか制止しようとする者も出ず、面白がってながめている。なぐっている男は暴力団らしくもなく、警官もかけつけてこない。
「たしかに、なにか事件のようですが、なにごとでしょう」
 青年が疑問を口にし、父親は答えた。
「わたしの観察によるとだな、浮気の発覚といったところだ。あの女が好きな男と出歩いていた。しかし、ぐあいの悪いことに、道で亭主と会ってしまった……」
「なるほど、そうかもしれませんね。理は亭主のほうにあり、弁解のしようもなく、二人はなぐられっぱなし。やじうまたちも、浮気のむくいだからと、とめようとしない。警官を呼ぶほどのことでもないわけですね」
「というわけさ」
「ううん。それにしても残念だなあ。小型撮影機があれば、この光景をずっとフィルムにおさめることができるのに。テレビに乗せられる。ドラマとちがって、本物はやはり迫力があります。特だねで、みなを驚かすことができたのに。あ、倒れていた女がけっとばされた。いいシーンなのに……」
 しきりとくやしがる青年に、父親が肩をたたいて言った。
「まあ、そう残念がることはないよ。この装置の性能は、これ一回きりというわけではないのだ。これからずっと使えるのだ。これを持ち、カメラを用意して街に出ればいい。レーダーの指示する方向にむけてカメラを回しボタンを押せば、事件がうつせるということになる。浮気発覚といったものだけでなく、もっといろいろな事件がな」
「そういうことでしたか。ありがたい。なんとすばらしい装置でしょう」
「おまえのことを思えばこそ、わたしはこれを作り上げたのだ。たぶん役に立つはずだ」
「ええ、もちろん大助かりです。夢のようだ。おとうさん、心から感謝します」
 青年は目を輝かし、おどるような足どりで部屋のなかを歩きまわった。使い方は簡単だ。これさえあれば、テレビ局でなんとか自己の存在を示すことができそうだ。
 翌日、帰宅した青年が父親に言った。いささか興奮ぎみ。
「おとうさん。もう、なんと言ったものか、みごとに……」
「あれが役に立ったのだな」
「はい。もうすぐニュースの時間です。ぼくの撮影したフィルムが放送されますよ」
「それはぜひ見なくては……」
 父親はテレビのスイッチを入れた。それは交通事故のシーンだった。あきらかに酔っぱらい運転の自動車。右や左にゆれながら走っている。しかもスピード違反の高速。そのうち、前の車を追い越そうとした。そのとたん、タイヤがスリップし、道ばたの街灯に激突。
 車は大破してめちゃめちゃ。運転していた人は、もちろん即死。目撃していた通行人たちの悲鳴。やがて、救急車のサイレンの音が近づいてくる。
 なんの説明もいらない。だが、画面から目をはなすことはできなかった。少し間をおき、アナウンサーの声が入った。
〈自動車の運転には、くれぐれも注意しましょう〉
 まさに重みのある映像だった。これまで事故のフィルムといえば、直後のさわぎをうつしたものばかり。しかし、これは走行中から激突の瞬間までがうつされている。特殊撮影といった作りものでなしに。
「すごいものだな。われながら感心した。装置の威力を、現実にこう見せられると」
 父親は腕組みをしてつぶやき、青年は言った。
「これを見てテレビ局の連中、上役も同僚もびっくりしていましたよ。いっぺんに、ぼくの名が高まった」
「そうだ、注意し忘れていた。おまえ、その装置のことは他人に話さなかったろうな。秘密にしておかなければならないぞ」
「わかっていますよ。ぼくだって、そこまでばかじゃない。装置のおかげとわかったら、せっかくの働きもかすんでしまいます。前を走っている車の動きがおかしい。むだになるかもしれないと思いつつも、無意識のうちにカメラを回していた。勘とでもいうべきでしょうか。そんなふうに説明しておきましたよ」
「それがいい。しかし、それにしてもいまのシーンは強烈だったな。刺激的すぎる。いささかどぎつい。血なまぐさいのは問題だぞ。つまりテレビの本質である、お茶の間むきに反するというわけだ。死はよくない。死の出てくるシーンは避けるように、装置を改良するとしよう」
 父親は事件発生機のふたをあけ、配線の一部に手を加えた。青年はのぞきこみ、首をかしげながら言う。
「すると、たとえば自殺の瞬間といったたぐいが、撮影できなくなってしまうわけですね。もったいないような気がしてなりません」
「いや、これもおまえのことを思えばこそだ。人の死ぬ光景ばかり撮影していたら、そのうち死神あつかいされて、いやがられるぞ。おまえの姿を見ただけで、人びとが逃げてしまう。なにも死ばかりが事件ではない。この装置を使えば、ほかにもいろいろな興味ある事件をつかまえることができるのだ」
「そううかがって安心しました」
 数日後、青年の撮影したフィルムが、またニュースの画面に出た。
 あるホテルのロビー。ひとりの男が|椅《い》|子《す》にかけて、あたりに視線を走らせている。そこに外人の女があらわれた。近づいて、包みを渡す。その時、横から出てきた男が声をかけた。
「なかみを拝見させて下さい」
 と警察手帳を示す。彼は刑事であり、麻薬取引の現場をつかまえたというわけだった。刑事は感想をのべる。
「以前から怪しいとにらんでいたのです。とうとう逮捕できました。社会に害毒が流れるのを未然に防止できて、よかったと思います」
 そのシーンを、青年はフィルムにおさめることができたのだ。画面をいっしょにながめていた父親に、彼は言う。
「万事順調。順調すぎるような感じで、なんとなく妙な気分にさえなります。いったい、この装置はどんなしくみになっているのですか」
 あらためて見なおし、ふしぎがる。父親はわかりやすいようにと努力して解説した。
「てっとり早くいえば、こんなところかな。これは精巧な運勢探知機でもあるのだ。各人にはそれぞれ運勢というものがある。また、場所にも運勢がある。といって、それは固定したものでなく、時間の流れとともに刻々と変化し、その複合が事件となってあらわれる。運命の霊気とでも呼ぶべきかな。その雲行きの怪しげなところを、このレーダーがキャッチし、教えてくれるというわけだ」
「なんとなく天気予報みたいな話ですね」
「そうだ。おまえも、なかなかいいことを言うようになったぞ。まったく、その通りだ。社会は、運命という低気圧、高気圧の作り出す気流の変化のなかにある。晴れたり曇ったり、時には台風とか集中豪雨とでもいうべき事件にも進展する。人間はそのなかでゆれ動く、木の葉のようなものさ」
「しかし、天気予報には当らないことがありますよ。むしろ、正確に的中することのほうが少ない。だから、所によりにわか雨なんて、巧妙な逃げ口上を使っている。そういうものでしょう。しかし、この装置はぴたりと予測する。カメラをむけると、ちゃんと事件が起ってくれる。なぜ、そううまくゆくんです」
「この押しボタンのことを忘れちゃ困るよ。その効果だ。どうやら、これも天気で形容するほうがいいようだ。上空に湿気を含んだ空気があるとする。やがては雨となるわけだが、いつ、どこへ降るかとなると、断定はむずかしい。しかし、人工降雨の方法を使えば……」
「人工降雨って、どうやるんです」
「上空のその湿気のなかに、核となるものをばらまいてるのだ。すると、それらの粒を中心にして水滴ができはじめ、たちまち雨となる。だから、いずれはどこかへ降る雨を、目の前に降らせることができるというわけだ」
 父親の説明に、青年はうなずく。
「装置のこのボタンが、つまり運勢の人工降雨……」
「そういうことだ。たとえば、最初の実験の時の、浮気中の夫人。彼女は運勢として、遠からず発覚することになっていた。あの場合にもそのような運勢があった。しかし、亭主がよそ見や考えごとをしていたら、あの場合、ぶじにすんだかもしれない。時間の問題だが、占いだとそこまでの正確なことはいえない」
「それを少し早めたというわけですか」
「ああ、目の前で雨にしてしまったというところだよ。あの麻薬犯の逮捕も同じことだ。いずれはつかまる運勢にあった犯人さ。刑事は、前から怪しいとにらんでいたなんて言ってたが、本心じゃないよ。わけもなく、ふと思いついて包みを調べてみる気になったというところだ。画面で見ていて、なんとなく自信のなさそうなようすだったよ。装置のボタンによって、きっかけが作られ、そそのかされた形で動作をしたというわけだ」
「自動車の事故死の人もそうですか」
「|無《む》|軌《き》|道《どう》な性格のドライバーだった。どっちみち事故はさけられない運勢にあった。ボタンによって、それが少し早められただけのことさ。他人を巻きぞえにせず、よかったともいえる。だから、そう気にすることはないよ。といっても、改良によってもう死の光景の撮影はできないがね。どんどんボタンを押して、事件をとりまくることだね」
「そうでしたか。べつに気にもしていませんでしたが、それを聞いてますます安心しました。火のないところに煙を立てるのがマスコミの本質ですが、それにくらべ、こっちのほうがまだましだ。黒雲を雨にして、さっぱりさせる。いずれどこかで発生する事件。それを目の前に現出させるだけのことですから。大いにやりますよ。記録と報道はテレビの使命。みなも喜ぶ……」
「しかし、万一その装置を盗まれでもしたらことだ。秘密が知れわたったら、世の中が混乱する。その防止対策が必要だ。なかをこじあけようとしたら、小爆発でこわれるように手を加えておこう」
「だけど、これがこわれてしまったら、ぼくは……」
「心配するな。また作ってあげるよ。その原理はわたしの頭のなかにある」
「なにもかも、おとうさんのおかげです。これで人びとを、喜ばせ楽しませることができるというわけです」
 
 青年のやることは簡単だった。装置とカメラを車につんで、街へ出ればいい。そして、レーダーの示す地点へ行き、ボタンを押し、その方角にカメラをむけて回していればいい。事件はそこで自然に発生してくれるのだ。なにごとも起りそうになくても、必ずはじまる。
 女の人が叫び声をあげた。
「ひったくりよ。だれか、あいつをつかまえて……」
 ハンドバッグを奪って逃げる男。通行人のなかから、それを追っかける者が出る。犯人がなんとか逃げおおせるか、あるいは、ひっとらえることができるか。はらはらする緊張のシーンだった。
 追っかける人数が、しだいにふえる。そのなかには足の早い人もいた。やがて一人が追いつき、飛びかかり、犯人はその下敷きになって倒れ、なぐられ、けとばされ、袋だたきにされた。
 それはテレビで放送される。青年は指さし、父親に言う。
「きょうの収穫は、こんなところです。いい眺めでしょう。悪をにくむ大衆の協力、正義心があふれています。利己主義の時代だという説への、強い反論となっているでしょう」
「大衆というものはね、相手が弱いとわかると、とたんに勢いづくものなのさ。正義心とはちょっとちがうな。しかし、悪ほろび善さかえ、めでたしめでたし、視聴者が喜べば、それでいいわけだな」
「いまのシーン、ボタンを押すことで、だれをそそのかしたことになるんでしょう」
「出場者みんなさ。あの犯人は、もともと機会があればひったくりをやる人間だった。あの女は、すきの多い性格。追っかけつかまえた連中は、なにかぱっとしたことをやりたがっていた。起るべき条件はできていた。女のすきがちょっとふえ、犯人の出来心がちょっと高まり……」
「そのおかげで、視聴者は楽しめた。もう、申しぶんありません」
「いい気になるのもいいが、おまえ、テレビ局の連中に、変に思われているのではないかい」
 父親はいささか気がかりのようだった。青年は言う。
「運がいいのか勘がいいのか、いやについてるなとは言われますよ。しかし、装置のせいとは気づかれない。こんなものがあるなど、だれも考えませんものね。幸運もひとつの才能だと、テレビ局の上役たち、ぼくを大事にしてくれます。同僚たちはうらやましがる。いい気分の毎日です」
「そうだろう、そうだろう」
「すべて、おとうさんのおかげです」
 装置の使い方に青年がなれてきたためか、より面白いシーンにめぐりあうことが多くなった。
 花火会社の倉庫の火事。しかも、夜だった。人家から離れたところにあったため、被害はほかに及ばなかった。
 はなやかな色彩、美しい輝き、それが四方八方に散り、音響もとだえることなくつづいた。
 それはテレビのカラー画面にぴったりだった。最初の小規模な段階から、しだいに大きくなり、幻想と狂気の世界が展開し、下火になってからも、思い出すように火の花が飛びあがる。
 あまりにぴったりすぎ、青年は警察官の取調べを受けた。
「おまえが火をつけたのではないのか。話がうますぎる。なぜ、あの時にあそこへむけてカメラを回していた。火事になる前から……」
「偶然ですよ。いや、勘というべきかな、なにか起りそうだという。こういう仕事をしていると、第六感のようなものが、しぜんに身についてくるものです。警察の人だって、そうでしょう。なにかぴんとくると……」
「警官にはあるさ。しかし、テレビの連中にそれがあるなんて、信じられん。なんだか疑わしい。それとも、放火するという情報を、あらかじめ知ってたのか。そういう取材源についてとなると、きみたち報道関係者はしゃべりたがらないが」
「そんなのともちがいますよ。知っていたらお話しします。弱りましたな。なんと説明したらいいのか……」
 装置の秘密を口にするわけにいかず、青年は言葉に窮した。しかし、父親のやとった弁護士がかけつけてきてくれたし、警察の調査によって、倉庫の番人の火の不始末が原因と判明し、いちおう疑いは晴れた。
 つぎに青年は、さらに珍しいシーンを撮影することができた。もっとも、装置の指示に従ってのことだが。
 宝石店への強盗だった。普通のありふれた方法ではなかった。よくならした毒ヘビのコブラ。それをカゴに入れて持ちこんだのだ。
「さあ、おとなしく宝石を渡せ。さもないと、こいつが飛びつくぞ。|拳銃《けんじゅう》とちがって音がしないから、だれもかけつけてこないぞ」
「命だけはお助け下さい。宝石はお持ちになってけっこうですから」
「もらって行くぜ。あとを追わないように、ヘビはここに残しておく」
 毒ヘビぐらい気持ちの悪いものはない。店の者は青ざめ、ふるえつづけ。そのあいだに、犯人は逃走した。
 青年は望遠レンズでその成り行きをカメラにおさめ、警察へ電話した。かけつけた警官がヘビを射殺、やっと一段落となった。
 この放送も視聴者の興味をそそった。毒が抜いてあったのかもしれないが、コブラとの対面には緊迫感がある。青年はそのフィルムを警察へ提出した。
「どうぞ、証拠としてお使い下さい。報道関係者だって、悪をかばう者ばかりじゃありませんよ」
「協力していただき、ありがたい。犯人の人相、逃走に使った車が、はっきりうつっている。かならず逮捕します」
「つかまえたら、よく調べて下さいよ。ぼくがあらかじめ犯行を知っていたかどうかを。もっとも、テレビ関係者に予告した上での強盗なんか、あるわけがありませんけどね」
 警察への信用はつけておいたほうがいい。装置の存在を気づかれるのがいちばん困るのだ。
 ライオンが競馬場へ出現する光景にもめぐりあえ、テレビで放送することができた。動物園への輸送中、車の戸が開いてライオンが逃げ出し、そばの競馬場へ入りこんだというだけのことだ。
 麻酔弾で捕えたとはいうものの、場内の混乱は大変なものだった。異変に対する大衆および馬たちの反応の記録として、貴重なものだった。
 いうまでもなく視聴者は大喜び。つぎはどんな放送があるかと、当然のことのように期待してしまうのだ。どんな人気歌手の番組も、いかによくできたドラマも、現実の突発的事件の迫力には及ばない。
 青年のほうも、そういった大衆の期待にこたえた。
「あいつはただものじゃないよ。テレパシーかなんかそなえているんだろう」
 最初のうちは反抗心を持ち、競争しようとしていた同僚たちも、いまやあきらめ、特別あつかいにしてくれるようになった。彼にとって、そのほうがありがたかった。ほっといてもらったほうが、仕事がしやすい。
 現金輸送車の踏切での事故もフィルムにおさめた。信号機の故障で、輸送車が踏切を通過した時、電車が横からぶつかり、車の後半部がこわれた。札束が飛び散り、壮観だった。数えきれぬほどの紙幣が、あたりに乱舞した。
 すぐにパトロールカーが到着したが、それまでのあいだ、青年はカメラを回しながら叫びつづけた。
「勝手に拾ってはいけませんよ。ここでフィルムにおさめています。拾った人はあとで逮捕されます……」
 たくさんの札束を目の前にしながら、手を出せない。その連中のくやしげな表情は面白かった。テレビ放送になった時も、そこが最も好評だった。視聴者、だれだって、他人がうまいことをするのを喜ぶわけがない。
「ざまあみろだ。いい時にテレビ局の人がいたものだ。もっとも、おれがあの場合にいあわせ、カメラがなかったら、けっこうねこばばしただろうなあ……」
 そんな感想をいだかせるのだった。
 
 装置はある銀行でのさわぎも教えてくれた。コンピューターが故障し、預金の払い戻しに手おくれがあった。それが何人かつづき、お客たちはいらいらしはじめる。そのうちデマが流れた。
「あの銀行には現金の用意がないらしい」
「たぶん、不良貸付けをして、こげついたのだろう」
「早く行かないと、預金がおろせなくなってしまうぞ」
 人数はしだいにふえ、デマはひろがり、大混乱となった。警官隊が整理にやってくると、それがさわぎに輪をかけた。これはただごとでない、本当に銀行があぶないらしいと。なんとかおさまったのは夜で、何時間もかかった。
 青年は電話でテレビ局の中継車を呼び、その実況を放送させた。普通の番組より、よっぽど面白い。官庁の責任者を解説に出席させたので、混乱の拡大防止の役に立った。
 テレビの信用。解説つきで中継されていることがわかると、さわぎはおさまるのだった。一方、視聴者たちにとっては、めったに見られないシーンで楽しく、また少しだが経済機構についての知識をえた。
 つぎはジェット旅客機の不時着という場面にもめぐりあえた。このころになると、局には中継車が待機しており、青年から連絡があるとすぐに出動できる態勢ができていた。
「海上におりるぞ。それまでのシーンはフィルムにおさめてある。中継車を早くここへよこしてくれ……」
 と青年は電話し、いい場所を占領しておく。だから、その局の独占中継となってしまうのだった。
 旅客機はゆっくりと海に沈む。救命胴衣をつけた乗客たちが、ゴムボートに移り、つぎつぎに岸へとたどりつく。緊張の極から安心の表情へと変わる変化まで、カメラははっきりとうつしだす。
 それだけでも人の目をひきつけるが、ほかにもさまざまな興味あるシーンがつづいた。装置の作用かもしれなかった。
 乗客のなかに、有名タレントの男女が乗っていた。芸能週刊誌の目をのがれ、外国でそっと結婚しようとしていたところだった。記事にすれば、あれこれふくらませかなりのものになるところだが、テレビはそれを一瞬のうちに報道してしまった。
 また乗客中には、大金を持って国外へ逃げようとしていた大詐欺師もあった。最後まではなさなかったカバンのなかには、高額紙幣がいっぱいつまっていた。その場でたちまち逮捕された。
 海岸に流れついた書類入れを、だれかが拾ってきた。あけてみると、外交に関する機密文書。経済援助とその代償についての、微妙な内容のものだった。それも画面を通じて、いっぺんに表ざたになってしまった。
 それは不時着さわぎが終わったあとまで問題となった。国会でそれに関する質問がなされ、政府側の説明はまことに歯切れが悪く、内閣がぐらつきはじめた。
 
 青年は自宅でテレビを見ながら、父親に言う。
「おかげで、局内でのぼくの地位はゆるぎないものになりましたが、これでいいのでしょうか」
「どういう意味だ」
「なんだかしらないけど、装置のさしずしてくれる事件が、しだいに大きくなってくるようです。はじめのうちは、花火屋の火事ぐらいだった。そんな調子でつづいてくれるものとばかり思っていました。それなのに、しだいに刺激的になってくる」
「そういえばそうかな」
「銀行でのさわぎ、いまや内閣までゆらぎはじめた。これはどういうわけでしょう。おとうさん、説明して下さい」
「わたしにもよくわからん。作った時の原理からは、予想もしなかったことだ。大衆の欲求がその装置に反応し、世の運勢を増幅しているのかもしれない」
「そんなこともあるのですか」
「ないとはいえんのだ。連続して人工降雨をやったとする。気流も変化し、おかしな状態になりかねない。つまり、異常気象が、定着してしまう。だから、最初に装置に教えこんだ、一般の運勢公式とちがったものになりかねないのだ」
「計算しなおし、新しい公式とさしかえるわけにはいかないのですか」
「そこまでは、わたしの才能ではできない。それとも、このへんで中止するか」
「それはできませんよ。最高の視聴率です。中止したら投書が大変です。いまや大衆は、これが当り前と思いこんでいるのです」
「そうだろうな」
「局の上の連中も許してくれない。みなでわたしをつかまえ、こつを聞き出そうとするでしょう。あくまで装置の秘密をしゃべらなかったら、わたしの頭の生体解剖だってやりかねない。人びとの事件への執着は、それほど恐しいものなのです。そんな目にあわされたら、まさに大事件だ。事件発生機の持主が、事件の焦点になってしまう。たまったものじゃない。おとうさん。どうしましょう」
「弱ったことだね。といって、わたしにもすぐには案が出ない。しようがない。しばらく、手かげんしながらつづけてみるんだな」
「手かげんのしようがありませんよ。装置の指示するところへ行き、カメラをむけ、ボタンを押す。そこでなにがはじまるかは、発生してみないことにはわからないのですから」
 青年は仕事をつづけなければならなかった。いまや装置に使われているような立場。
 ある国の大使館。そこへ他国の武装したスパイ団が侵入した。先日の例の外交機密文書から派生した結果だった。ビルの上から望遠レンズで、その中継放送をやる。
 見物する側にとっては、これまた面白い事件だった。大使館内でうちあいがおこなわれている。警察はそのなかへ入って行けない。ついに大使が人質にされてしまった。
 他国のスパイ団の人質になっていても、大使は大使。警察の介入は断わると言われれば、手が出せないのだ。なにやら声明書を発表しはじめたが、それを正式の外交文書とみとめるべきかどうか。
 そのうち、とらわれた大使の国の軍隊が、飛行機でやってくる。
「おくにの警察は手が出せないという。だから、われわれがやってきたのです。われわれが自国の大使館に入って、どこが悪い。強行突破。力ずくでも敵を追い出し、正常化します。おまかせ下さい。いえいえ、お礼などおっしゃるには……」
 とめるわけにもいかず、手伝うわけにもいかず、その連中は自国の大使館内に攻めこんでいった。機関銃がうなり、催涙ガスが流れる。まさに小規模な戦争だった。
 これほどスリルにみちたテレビ中継は、めったにない。だれも高みの見物。戦っているのは外国人ばかりなのだ。そのうち、かなりの負傷者が出て、占拠していたスパイ団は降伏した。
 そして、この事件は幕となった。
 しかし、以前の平穏に戻ったわけではない。この事件でショックを受け、各国の大使館が再発防止のための改造にとりかかった。へいや壁を鋼鉄製にし、銃眼をつけ、機関銃をそなえ、屋上にヘリコプターの発着所を作り、地下に食料や弾薬の貯蔵庫を作り、兵士たちをそろえ、装甲車まで用意した。
 どれも外交官の荷物として運んでくるので、とめようがない。バズーカ砲や、高射砲をそなえつけるのもあらわれ、どの大使館も軍事基地と化していった。
 異様な光景だった。だが、軍備のなんたるかを知らない子供たちは、さまざまな武器をテレビで見て面白がる。大衆がそれに気をとられているうちに、クーデターが発生した。
「このありさまはなんだ。国内に各国の軍隊が入りこんできたようなものだ。占領されたも同然。こんなみっともないことはない。理屈はどうでも、われわれは断固として、やつらを追い出さねばならない。このままでは、いつ戦争に巻きこまれるかわからない。平和のため、いまこそ実力を示す時だ……」
 支離滅裂。もっとも、クーデターとはそういうものなのだ。
 父親の科学者が、青年に言う。
「わたしもなんだか心配になってきたぞ。ただごとでない。ますます社会の運勢の気流がおかしくなってゆく。この調子だと、どうなるかわからん……」
「どうしましょう、おとうさん。しかし、この装置だけはこわしたくない。こわしたら、ぼく自身の破滅です」
 青年も、装置がなければただの人ということを知っている。
「わかっているよ。おまえを不幸な目にあわせるつもりはない」
「おねがいです。いい知恵を貸して下さい」
「どうだ、海外取材旅行を申し出てみたら」
「これだけの実績をあげてきたのです。申し出れば許可になるでしょう。なるほど、それはいいアイデアですね。大事件さわぎは国外で……」
「そういうわけだ」
「どこへ出かけたらいいでしょう」
「それは装置に聞いてみるんだな。ちょっとアンテナを大きくしてみよう。雲行きのおかしな方角がわかる……」
 父親はそれをやった。レーダーはある方角を示している。以前から、国際的にくすぶっている地方。
「……やはり、ここだ。遠い火事ほど面白いというぞ。みなも喜ぶだろう。思う存分やって、集中豪雨を見せてくれ。わたしも衛星中継で楽しませてもらうよ」
「はい、きっと期待にこたえます。おとうさん」
轻松学日语,快乐背单词(免费在线日语单词学习)---点击进入
顶一下
(0)
0%
踩一下
(0)
0%