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なりそこない王子

时间: 2017-12-31    进入日语论坛
核心提示: めでたし、めでたし。トム・キャンチーにとっては、めでたいといっていい結末だった。あわれな|乞《こ》|食《じき》の少年だ
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 めでたし、めでたし。トム・キャンチーにとっては、めでたいといっていい結末だった。あわれな|乞《こ》|食《じき》の少年だったむかしにくらべ、なにもかもすっかり好転している。
 ことの起りは、エドワード・チューダー王子の気まぐれからだった。宮殿にまぎれこんだトムは、王子の目にとまり、服のとりかえっこをやってしまった。容器は中身を決定する。一瞬のうちにトムは王子のあつかいを受けはじめ、エドワード王子はそこを追い出され、乞食として町や野をさまよう身の上となった。
 しかし、乞食に転落した王子は、気ちがいあつかいされながらも、気品と希望を失わず、世の矛盾に接するたびに正義感を燃えたたせ、人間的な成長をとげた。そして、幸運にも、もとの地位に帰りつくことができた。
 すなわち、エドワードは王子となり、トムはその|椅《い》|子《す》から去らねばならなかった。といって、以前の乞食へ逆もどりというわけではない。王子はトムに言った。
「トム・キャンチーは、わしの留守中、善意あふるる政治をしてくれた。お礼を言う。きょうから、クラスト育児院の院長の職を与えることにする……」
 めでたい結末というべきだろう。トムは思う。王子さまはけっこう苦労されたようだな。しかし、こっちだって楽じゃなかったぜ。腹いっぱい食事ができたのはよかったが、宮殿という別世界に突然ほうりこまれたんだからな。食卓でフィンガー・ボールの水を飲み、列席者に変な目で見られたりした。いま思い出しても冷汗が出る。まあ、周囲の連中が頭がどうかしたらしいと思いこんでくれたから、こっちもそれらしくよそおい、無事にことをおさめてきた。
 もし王子の留守中、とりかえしのつかない失敗をしでかしたら、どうなったろう。まったく、王子が戻ってくるまでは綱渡りの連続のようなものだった。どうせ、こっちは脇役さ。人びとが、おいたわしい王子さまの体験のほうばかりを話題にするのは仕方のないことだろう。しかし、文句はいうまい。育児院長の職につけたのだ。もはや、腹をすかせて乞食をしてまわる必要もないのだ。
 
 院長用の豪華な椅子にかけ、トムは毎日を回想にひたってすごした。二十歳を過ぎたばかりだというのに、回想だけが生きがいの生活。むりもない。わずかな期間とはいえ、王子としての尊敬をうけ、きらびやかな空気を呼吸した。たしかに最初のうちは、とまどいの連続だった。しかし、しだいになれてもきた。悪くはなかったなあ。宮殿のたくさんの美女。あの当時は少年だったから、異性を見てどうってこともなかったが、いまになってみると残念な気がしてならぬ。
 だが、いかに残念がってみても、もう二度とあんな生活は味わえないのだ。味をしめていなければ、なんということもない。しかし、味をしめ、その味をもう味わえないとなると、回想のなかで過去の肌ざわりをなつかしむ以外にないではないか。
 トムは時どき宮殿に呼び出される。いまや王となっているエドワードの、思い出話の相手をさせられるのだ。
「なあ。トム。あれは面白い体験だったな。最もスリルのあったのは、わしが小屋の中でしばられ、そばで気ちがいの老人が肉切包丁をとぎはじめた時だったぜ。いや、あの時は本当にどうなるかと……」
 トムがなにか言いかけようとしても、エドワードは許さない。
「……きみも宮殿で大変だったろうさ。しかし、こっちはもっとひどかったんだぜ。そうだ、|牢《ろう》にほうりこまれたことも……」
 毎回毎回、おなじ話を聞かされる。もううんざりだが、なにしろ相手は王なのだ。「大変でございましたな、で、それから」と身を乗り出してみせねばならない。内心では早く終るよう祈るばかり。しかし、王はあきることなくつづけるのだ。
 これでボーナスをもらい帰宅したトムは、ほっとし、こんどは自分の回想にひたるのだ。こっちの回想談はだれも聞いてくれない。少年だった頃には話す口調にもかわいげがあり、聞いてくれる人なきにしもあらずだった。しかし、二十歳を過ぎた今となると、ごちそうをそろえて招待しても、だれもいい顔をしてくれない。
 王子生活の思い出話になると、みなそっぽをむく。彼らはこう考えているのだろう。にせ物を本物と思いこみ、こいつにむけて心からの万歳の声を発したこともある。おれたちはばかだった。もし本物の王子が帰ってこなかったら、こいつがいまは王になってたというわけか。ひでえもんだぜ……。
 トムはさびしくなる。「すべてはエドワード王子の気まぐれのせいで、おれのせいじゃない」と叫びたいところだが、それもできない。王の怒りをかったら、いまの職を失い乞食に戻らねばならぬ。いや、乞食だって、もはや仲間には入れてくれないだろう……。
 欲求不満とは、このようなものをいう。トムは自分自身を持てあました。このままでは人生がだめになってしまう。人生ということばから、トムは自分がまだ若いことに気がついた。やりなおしのきく年齢ではないか。ここにいたのでは、たしかにやりなおしは不可能だ。しかし、自分の過去を知る者のいない遠くの国に行けば、まったく新しい人生をひらくことができるだろう。
 そこには自由があり、希望や恋や冒険があり、すばらしいことがすべてあるはずだ。トムは宮殿でエドワードに会い、からだの不調を訴え、多額の治療費を借りた。欲求不満だって一種の病気だ。さほど良心もとがめない。トムはそれを持って旅に出た。二度とここには戻るものか。
 
 気ままなひとり旅。トムは王子さまスタイルの服を身につけ、腰に剣、馬にまたがってかなたをめざす。いい気分だった。宮殿での生活で、動作も洗練され気品も加わっている。他人の目には王子に見えるだろう。いや、内心だってそれに近い。いまやだれにも気がねなく、気のむくままに動けるのだ。思わず歌が口から……。
 その時、どこからともなく歌声が流れてきた。「エイ・ホー」という合唱。森の奥からのようだ。トムは森に馬を進め、道が細くなると馬を下りて歩き、歌声に近づく。
 そして、つきとめた。七人の小人たちが、合唱しながら楽しげに歩いている。トムはますます好奇心を持った。気づかれぬよう、そっとあとをつける。小人たちは丘の上で足をとめた。
 なにをしているのだろう。トムは近よった。そこには細長いガラスの箱がおいてある。なかには美しい少女が横たわっていた。トムはそれを、精巧な人形だろうと思った。小人というものはそういう技術にすぐれているという話を聞いている。まるで生きているような感じではないか。
「うむ。すばらしいできだな」
 トムは思わず声をあげる。小人たちはふりむき、そこに王子さまふうの青年を見つけた。びっくりしながらも答える。
「この世にこれだけ美しく、きよらかなものはございません」
「わたしもそう思う。どうだろう、それをゆずってもらえないものだろうか」
 トムの言葉づかいは、態度と同様やはり気品のあるものだった。小人たちの警戒心は高まらなかったが、相談のあげくこう答えた。
「せっかくですが、こればかりはいかに大金をいただいても、さしあげられません。われわれの心のささえなのですから」
「だめかな。それにしても、なんというすばらしさ。ちょっとでいい。さわらせてくれ」
 トムはガラスのふたをあけ、そっと手を触れる。なめらかな肌。そのうち衝動が高まり、思わず口づけをした。
 その時、箱の中の美しい少女が目を開いた。トムはびっくり。一方、それを知った小人たちは「万歳」を叫び、喜びの歌をうたい、おどりはじめた。トムは言う。
「これはどういうことなのだ。口づけとともに目をあける人形とは、まことによくできているな……」
 普通の人なら、驚きで口もきけなくなるところだろう。しかし、かつて運命にもてあそばれたトムは、なまじっかなことでは驚かなくなっている。また、内心で驚いたとしても、それを身ぶりにあらわさない修業もできている。まさに王子さま特有の風格。箱のなかの少女は、身を起し、トムを見て顔を赤らめながら言う。
「まあ、なんとすてきな王子さま。あたしまだ夢を見ているのかしら。なんだか、長いあいだ夢を見つづけていたみたい。あたし、白雪姫っていうの……」
「わたしはトムといいます。しかし、これはいったいどういうことなのですか」
 トムの質問に、白雪姫や小人たちはかわるがわる説明をした。白雪姫は継母である王妃に、その美しさのゆえに|嫉《しっ》|妬《と》され、いじめられ、ついに命までねらわれるに至ったこと。まず森のなかに捨てられ、小人たちの家にかくまわれたはいいが、変装してやってきた王妃に首をしめられたり、毒のついたくしを突きたてられたりした。それらの危害はなんとかのがれたものの、ついに最後は毒入りのリンゴを食べさせられて倒れ、いままで眠りつづけとなってしまったこと……。
 小人のだれかがつけ加えた。その悪い王妃はやがて死に、いまは父王ひとりがさびしくお城で暮している。姫が目ざめたというこのことをお知りになったら、どんなに喜ばれることでしょう。
 トムは優雅なものごしで言った。
「そういう事情があったのですか。ああ、なんとおかわいそうな姫。しかし、わたしもお役に立つことができ、こんなうれしいことはありません。お父上がさびしがっておいでなら、一刻も早くお城に戻られるのがいいでしょう。わたしがお連れします……」
 いうまでもなく、お城へ行くと王さまは大喜び。父と娘との感激の再会。王は自分の不明を反省し、涙ながらに白雪姫にわびる。だが悪い王妃はすでになく、死者にむちうつこともない。純粋な喜びだけがそこにあった。
 王はトムに言う。
「お礼の申しあげようもない。どこの王子なのですか」
「はい。遠い国のものでございます」
「なにかお礼をさしあげたいが……」
「いえ、お礼など。みなさまが喜んで下されば、それだけでいいのです」
「なんという欲のない王子。さすがに育ちのいいかただ。で、どうでしょう。こんなことを申しては失礼かもしれないが、姫と結婚し、わしのあとをついでもらえぬだろうか」
「ありがたいお言葉ですが……」
 トムは口ごもる。夢のような幸運。名実ともに王子になれるのだ。しめたと飛びつきたいところだが、その心を押さえた。宮殿生活で身についた知恵。待ってましたと飛びつくのは、いやしい身分のもののすること。高貴なものは、軽々しく応じてはいけないのだ。まさにその通り。王はさらにトムにほれこみ、一段と熱心になる。
「わしは疲れたのだ。後継者をきめて安心したい。ぜひ承知してもらいたい」
「そんなにまでおっしゃるのなら。わたしがめぐりあわせたというのも、神のおぼしめしでしょう。それには従うべきかもしれません……」
 トムはうなずく。万歳という気分だが、そんなはしたない表情は示さない。
 そして、盛大なる結婚式のお祝い。
 かくして王子の椅子はふたたびトムにめぐってきた。前回のは、いつばれて追い出されるかもしれぬ、きわどい王子ぐらしだったが、今回はそんな心配のない確実きわまるものなのだ。この幸運を失わないようにしよう。それには実績をあげることだ。トムはそうした。これまでの知識をいかし、王に助言をし、改革すべき点を指摘したりした。王の信用も高まる。また、どこか庶民的なところがあると、領民たちへの人気も高まる。万事順調。王は気に入りのトムに、すべてをまかせきりという形になった。
 しかし、王さま、そうなるとひまができたのをいいことに、だらしなくなる。もともと、美しいだけがとりえのよからぬ王妃を後妻に迎えたりする性格。あまり賢明な人物とは申せない。気のゆるみとともに、もとの暗愚に逆もどり。
 すなわち、城へやってきた二人組の調子のいい旅の|詐《さ》|欺《ぎ》師にだまされたりした。特殊な布を開発した衣服づくりの名人と称し、ほうぼうの王さまにお買いあげいただいているという。驚くほど美しい布だが、おろか者が着ると、その当人の目には見えない。説明があまりに神秘的で巧妙なので、王はひっかかり、大金を払って、その、現実は無である布の服を買いとった。
 王さまはそれを着て町を歩くと言い出し、トムは困った。乞食だった少年時代に、このたぐいの詐欺の話はよく聞かされたものだ。しかし、王が金を払ったのは仕方ない。詐欺師はそれなりの苦心をし、王も面白がったのだ。その情報的価値はあるといえよう。しかし、裸で町を歩かれては、他国のあなどりを受けることになる。トムは進言した。
「まあまあ、王さま。それはお考えなおし下さいませ。その高価なる服がよごれたり破けたりしたら、大変でございましょう。また領民たちに見せびらかすのも、よくありません。上の好むところ、下これにならうとか。しもじもの者が欲しがり、このような浪費をはじめたら、感心しないことになります。その服は、城の宝として大事にしまっておくことにいたしましょう」
 知恵をしぼって理屈をつけ、なんとか中止させる。目をはなすとこの王さま、なにをやりだすかわからない。これに気をくばるだけでも、トムはけっこう疲れた。
 そして、問題は王さまだけではなかった。妻である白雪姫も、また、トムにとって手にあまる存在となっていった。
 愛し愛されるだけで頭が一杯の新婚当初は、まあよかった。しかし、それが過ぎると姫のおしゃべりがはじまった。継母の陰謀と、自分がいかに勇敢に戦ったかという武勇伝をはじめるのだ。継母にやとわれ、つぎつぎと森に乗り込んでくる殺し屋たちを、どう撃退したかなど、とくいげに物語る。悪い王妃はすでに死んでいるので、どこまで本当なのか確かめようもない。
 これにはトムもてこずった。毎日ひまがあると、それを聞かされる。眠っていた長いあいだの、おしゃべりを取りかえそうといった調子。熱心に耳をかたむけないと「あたしを愛さなくなったのね」と文句が出る。
 いっそ逃げ出してしまいたいと、トムは思う。しかし、せっかくありついたこの地位なのだ。この城を去ったら、一見王子さま風というだけがとりえの、ただの人だ。
 トムは「そうはいっても、目をさまさせ助けたのはわたしだ」という言葉が口まで出かかるのだが、それをのみこむ。トムがうなずいていると、姫の武勇伝はさらにふくらむ。赤い|頭《ず》|巾《きん》をかぶって森のなかを歩いていたら、敵の派遣したオオカミが飛びかかってきた。それをとっつかまえ、腹をさいて石をつめこんだの。すごいでしょ、手に汗を握るでしょ、などとなる。フィクションくさいが、おとなしく聞かざるをえないのだ。
 それでも、これだけですんでいるうちは、まだよかった。そのうち、事態はさらに悪化した。白雪姫はお城のなかの、鏡の秘密を発見してしまったのだ。以前に悪い王妃が愛用し、悲劇のもととなった品。すなわち「鏡よ鏡、いちばん美しいのはだれなのか、教えておくれ」と語りかけると「それはあなたでございます」と声がかえってくるのだ。
 女性にとって、これにまさる品はない。白雪姫はたちまち、この麻薬的な魅力のとりことなった。一日中、それにむかって同じ一問一答をくりかえしている。いや、鏡からはなれる時もあるのだが、その時はトムにむかって武勇伝を語る。白雪姫の、自分は美しさと勇敢さをかねそなえているのだというナルシズムは、高まる一方だった。
 白雪姫はもっと美しくなろうと、化粧品を買い集め、何人もの美容師をやとった。「いまのままで充分きれいじゃないか」とトムが言っても、姫は「向上心を失ったらおしまいでしょ」と答え、出費はかさむばかり。
 トムはある日、問題の鏡にむかってぐちをこぼした。
「なあ、鏡よ鏡。世の中でいちばんあわれなのは、このわたしじゃないかな」
「はい、さようでございます」
「なんとかならないかねえ。このままでは、城の財政は苦しくなる一方だ。姫はますます手がつけられなくなる。なにもかも悪いほうへと進んでゆく」
「どういたしましょう」と鏡の精。
「そこでだ、鏡よ鏡。姫に聞かれた時、たまにはなにかべつな答をしてやってくれないかな。そういう衝撃でも与えないと、姫は目ざめてくれそうにないのだ」
「はい。ではやってみましょう」
 鏡が承知してくれたので、トムは期待をいだいて待った。
 白雪姫は例によって鏡に問いかける。
「鏡よ鏡。いちばん美しいのはだれなのか、教えておくれ」
「ここではあなたでございます。だけど、シンデレラ姫はあなたの千倍も美しい」
「なんですって……」
 予期しなかった答に、白雪姫は取り乱した。こんなはずはない。しかし、鏡は正直なはずだ。鏡がこわれたのかもしれない。姫は鏡の修理を命じたが、故障は発見できず、また望むような性能に戻りもしなかった。
「いったい、シンデレラって、どんなやつなの。あなた、調べてよ」
 姫はトムに命じた。やれやれだ。トムは城の兵を各地に派遣し、それをさぐらなければならなくなった。そして、その報告が姫にもたらされる。これこれしかじか。貧しい家の、姉たちにいじめられている娘だったが、お城の舞踏会でそこの王子さまに見出され、めでたく結ばれるに至った……。
 白雪姫のきげんは、さらに悪くなる。
「まあなんてこと。成り上り者じゃないの。ただちょっときれいで、ただちょっと運がよく、ただちょっとダンスがうまかっただけじゃないの。なまいきだわ。そんなのがあたしより上だなんて、許せないわ……」
 トムはこの時とばかり言う。
「そんなつまらない競争心など、さっぱりと忘れてしまいなさい。人間は心の美しさが第一です。領民に尊敬されるようになるほうが重要でしょう」
 しかし、白雪姫には逆効果。
「そんなことってないわ。美しいからこそ尊敬されるのよ。領民たちだって、あたしが二位に転落したら、がっかりするはずだわ。そのためにも、なんとしてでもシンデレラ姫をけおとさなければならないの。ねえ。やっつけちゃってよ」
「そんなむちゃなこと……」
「あなたが反対しても、あたしはやるわ。兵士をひきいて、攻めこんでやるわ。いやだったら、お城から出ていってもいいのよ」
 またもトムの痛いところを突かれた。追い出されたら行き場がないのだ。いかなる無理難題にも賛成せざるをえない立場にある。
「わかりましたよ。しかし、すぐに攻めこむといっても、負けてはつまりません。開戦の準備をととのえてからにしましょう」
 それにとりかからなければならなかった。先立つものは金。軍資金がいる。つまり、税金を高くしなければならない。トムは代官たちに命じ、その取り立てをたのむ。しかしあまり好ましい反響はない。
「困りましたな。すでに税はだいぶ高くなっている。これ以上は無理です。民衆の不満も無視できません。憂慮すべき現象があらわれている。すなわち、森のなかにロビン・フッド団というのが出現している。その一味は税の取り立てをじゃまし、人気をえている。へたしたら革命軍に成長しかねない。これ以上の税の徴収は、まあ不可能です」
「そうか。いろんな問題があるんだなあ。では、税金の件はいちおう見おくろう」
 トムは頭をかかえた。ろくなことはない。ああ、白雪姫を目ざめさせたのが悪運のはじまりだ。あんな女と、いっしょにならなければよかった。兵士の報告によると、あのシンデレラ姫というのは、いい女らしいな。彼女のほうに先にめぐりあっていればよかった。そうすれば、ぜいたくはできなくても平穏で幸福な人生を送ることができたろう。
 軍資金が集まらぬとなると、兵士をそろえる別な方法を考え出さねばならない。そんな方法がなにかあるだろうか。白雪姫はやいのやいのと開戦をさいそくする。
 そんな時、ブローカーらしきものがトムをたずねてきて言った。
「戦争のご計画がおありだそうで。どうでしょう。外人部隊をまとめてお世話しますよ。いまは手付金だけでけっこうです。あとは勝ったあとでもよろしい。もとがかかっていないので、こう安売りができるのです」
「それは耳よりな話だな。うますぎるくらいだ。現物を見ないことには、信用できないな」
「ごもっともです。どうぞ、どうぞ。うそなんかではございません。まず、ごらんになって下さい。ご案内いたします」
 その男についてゆくと、その外人部隊なるものがいた。笛を吹く老人のあとに、子供たちがぞろぞろくっついて歩いている。あまりの異様さに、トムは男に質問した。
「どういうことなのだ、これは」
「いえね、あの老人、このあいだハンメルンという町から、ネズミの一掃をたのまれた。老人は笛でネズミをおびきよせ、河に流して全滅させた。それなのに、町の連中は代金を払わない。契約違反。そこで老人は腹を立てて、こんどは笛で町の子供たちを連れ出したというわけです。あの一隊をお安く提供できるのはそのためです」
「なるほど。しかし、みんな小さな子供たちではないか。いくらなんでも、かわいそうだ。さらってきた子供たちを戦争にかりたて、死なせるなんてことは、とてもわたしにはできぬ。そのネズミ退治代は、わたしが払ってやる。みなを家に帰してやりなさい」
「さようですか。お金をいただけるのでしたら、当方はそれでけっこうです。しかしね、あなたは人がよすぎますよ。そんなことでは将来、勇名をとどろかしいつまでも語りつがれるような王にはなれませんよ」
「いいんだ。どうせわたしは、だめな男、それほどの人物じゃないんだ……」
 外人部隊をやとうつもりが、逆にむだ金を使うはめになってしまった。戦争の準備はいっこうにはかどらない。一方、白雪姫の闘志はますます高まる。
 
「ああ、ひどい立場になったものだ。身動きがとれない。考えてみると、うまれてからこれまで、自分の意志で行動したことは一度もなかった。他人と運命との気まぐれにあやつられ、浮草のようにうろうろするだけの人生だった。人生がやり直しできればなあ。しかし、ここまで来てしまっては、もうだめなのだ。いっそ死にたい気分だ……」
 トムは心の底からため息をついた。すると、その息をあびて悪魔があらわれた。そして、こう持ちかける。
「死ぬのでしたら、いつでもできますよ。あなたはいま、人生をやりなおしたいとおっしゃった。それを引き受けましょう。つまり、望みのかなう力を、あなたにさしあげるわけです。ただし一回きりですが、意志は発揮できますよ。そのかわり、死んだ時に魂をいただかせてもらう条件ですが……」
「そうするか……」
 トムは承知した。頭が冷静な時だったら、軽々しく答えはしなかったろう。しかし、逆境で気がめいっていて、やけぎみだった。トムがうなずいたのも仕方のないことだ。悪魔は|呪《じゅ》|文《もん》を教えてから言った。
「この呪文をとなえ、それから望みを口にして下さい。そうすれば、いかなる時でも、あなたの望みを一回だけ確実にかなえてあげます」
 そして、消えた。そのあとすぐに、ふらふらと承知してしまったことをトムは後悔した。もし悪魔の約束が本当なら、いかなる栄光を手にすることも思いのままだ。しかし、死は避けられず、魂は悪魔にじわじわと引きよせられてゆく。それを考えたら、栄光のなかにあっても少しも楽しさは味わえないだろう。なにが万能の力だ。なにが意志の発揮だ。悪魔の気まぐれにおちいってしまった。
 しかし、もう手おくれ。どうしたものか、さっぱりわからない。へたなことにこの力を使ったら、とりかえしのつかないことになる。くだらぬことを口走らせようというのが、悪魔の作戦なのかもしれない。
 トムの頭は錯乱していった。わが身をもてあます思い。なにも手につかぬ。そして、ついに夢遊病者のごとく城をさまよい出て、森のなかへと迷いこんだ。森の奥に救いを期待してそうしたのではない。ただ、わけもわからず歩きつづけている。
 ふと気がつくと、前に少年が立っていた。トムは聞く。
「見たことのないやつだな。幻覚かな、それとも話に聞くロビン・フッド団の一味か」
「そんなぶっそうな一味じゃないよ。ぼくはピーター・パンさ」
「ふーん。元気のいい少年だね。大きくなったら、なんになるつもりかい。王子になりたいなんて夢見るんじゃないよ。まあ、なんになるにしても、つまらん人生を送らないように気をつけるんだね。それには自分の意志で生きることが大切だよ。わたしはその、だめな見本だ。しかし、きみはこれからだ」
 トムが言うと、少年は笑った。
「そんなお説教、ぼくには関係ないね。ピーター・パンはとしをとらないのさ。ネバーランドに住んでるんでね」
「まさか。としをとらないなんて」
「本当だよ。だからこそネバーランドさ」
「それはすごい。わたしをぜひ、そこへ連れてってくれ。お願いだ」
「それはだめですよ」
 ピーター・パンはことわったが、トムはそこで万能の力なるものを行使した。呪文をとなえてから、こう言い渡した。
「おまえは、わたしをネバーランドに連れてゆくのだ……」
 そのききめはあらわれ、ピーター・パンは言った。
「へんだな。どういうわけか、おじさんを連れてかなくちゃならないような気分になってきた。連れてかなくちゃいけないようだ。そうしてあげますよ。だけど、いいですか。そこではとしをとらないんですよ。のろわれたようなもので、退屈な生活ですよ」
「それが望みなのさ。あの悪魔のやつをくやしがらせてやるんだ」
「条件がひとつ。島ではぼくが支配者なんですよ。指示に従ってもらわないと困ります。勝手なことをされ、島が混乱し、崩壊し、ネバーランドとしての価値がなくなったら、いっぺんにとしをとることになりかねない……」
「わかったよ。指示に従おう」
 
 ネバーランドの島の入江に、海賊船がとまっている。船長はフックというが、本名ではない。これがトムのなれのはてなのだ。
 いや、なれのはてなどと言うべきではないかもしれない。トムはこのフック船長の役に満足しているのだ。悪魔との契約も、ここにいればなんということもない。ピーター・パンが時どき連れてくる子供たちを相手に、大砲をぶっぱなしたり、ちゃんばらをやったりしていればいい。これは遊びなのだ。子供たちも傷つかず、トムも傷つかない。ここはネバーランドなのだから。
 もし島を訪れた子供が、フック船長に「おじちゃん、海賊の船長にしちゃ、すごみがないね。むかしはなにをしていたの」と質問すれば、この物語を本人の口から聞くことができる。トムはそれとともに体験にもとづく人生の訓戒をたれたいのだが、あいにく、その質問をしてくれる子供はめったにいない。また、あったとしても、この話を信用してくれないのだ。それがいまのトムにとって、ただひとつの残念なこと。
 
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