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重要な仕事

时间: 2017-12-31    进入日语论坛
核心提示: 青空にむかって入道雲が高くふくれあがっていた。七月という純粋な夏の日をあび、雲は若々しく輝いている。天空に静止した巨大
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 青空にむかって入道雲が高くふくれあがっていた。七月という純粋な夏の日をあび、雲は若々しく輝いている。天空に静止した巨大な爆発といった|眺《なが》めだった。
 戸外では太陽からの熱線があたりに飛びかい、ビルに当たってそれを燃えたたせ、草木に当たってそれに|鞭《むち》うって生長をうながし、噴水の水滴に当たってそれを虹に変え、蒸気に変えている。夏の午後そのものだった。
 しかし、それも室内にまでは及んでこない。窓の特殊ガラスはあたたかさをさえぎり、なんとか飛びこんできた熱線も、冷房装置によってたちまち手なずけられ、おとなしくさせられてしまうのだ。
 ここはメロン・マンションの七階の一室。湿度の少ない冷えた空気が静かに流れ、さわやかな空間を保ちつづけている。
 ひとりの少年が机にむかい、ティーチング・マシンで勉強をしていた。スクリーンに画像があらわれ、説明と質問の声がし、それに答え、ボタンを押し、訂正がなされ、首をかしげ、うなずき、画像が変って声がし……。
 その少年はおとなしい性格で、どちらかといえば平凡な外見だった。しかし、知能がおとっているわけではない。ティーチング・マシンを相手に何度もくりかえせば、着実に頭に入ってゆくのだ。自分でもそれを知っている。だから、すでに夏休みに入ってはいるのだが、こうやって勉強をつづけている。
 少年の父は出勤していたし、母はある会合のため町の中央部に出かけていた。家にいるのは少年ひとり。気が散らないためか、勉強はいつもより進むようだった。
 少年はやがて机を立ち、キッチンへ行き、冷蔵庫からひえたジュースを出して飲んだ。それから、長椅子にかけ目をつぶった。頭を休めようというのだった。
 しかし、眠くもならない。なにか考えてみようかなと思い、そのあげく少年の口からひとりごとが出た。
「いまの世の中でいちばん重要な仕事って、なんだろうな」
 成人し常識のそなわった者は、そういうことをあまり考えない。素朴な疑問を提出し、その検討に熱中する。少年期の特権であり、娯楽なのだ。他人が見おとしている偉大な真理に触れているようで、刺激的な快感が味わえる。しかし、まとまった結論に達することはあまりなく、たいてい途中であきてしまうものなのだが……。
 ぼくはコンピューターの普及した、このような時代にうまれてしまったんだ。少年はまずそう考えた。議論はここから出発させなくてはならない。
 コンピューターにできないことをやる才能。それは重要なことのひとつだろうな。となると、芸術だろうか。ここまではすらすら考えることができた。まだまだ当分のあいだは、コンピューターが芸術作品をうみだすことは不可能だろう。もしかしたら、ずっと無理かもしれない。
 しかし、その結論はさほど少年を満足させなかった。彼は自分に芸術的な素質があると思っていなかったのだ。もっとべつな答がほしかった。ほかのほうに思考をのばしてみよう。コンピューター社会のなかでは、どんな仕事が重要なのだろうか。
 少年は考えこみ、とまどった表情をした。よくわからなかったのだ。社会のしくみは複雑であり、彼の知識ではあつかいきれない感じだった。社会生活の体験もなく、どこから手をつけたものか見当もつかなかった。
 それでも、少年はしばらくあれこれと思いにふけった。だが、依然としてなんのまとまりもつかなかった。少年は立ちあがりながら言った。
「わからないな。もっと世の中のことを知ってからでないとだめなんだろうか。解答はひとまずおあずけだ。それにしても、少し暑いなあ。熱でも出たのだろうか」
 彼はひたいに手を当てた。体温計をさがそうとし、室のすみの戸棚をあける。そこで少年は不審げな表情になった。いつもなら戸をあけると同時になかの照明がつくはずなのだが、いまは暗いままだったのだ。電球がきれたのだろうか。
 彼はそばのスイッチをひねってみた。室の天井の照明がつくはずなのだが、それもまたつかなかった。ティーチング・マシンの机に戻ってボタンを押してもみたが、画像も声も出てこなかった。
「電気がこなくなっちゃったんだな。さっきから暑い感じがしていたのは、冷房がきかなくなったためなんだろう。だけど、こんなことってはじめてだなあ」
 少年はどうしたらいいのかわからなかった。故障をなおすのは、どこへたのんだらいいのだろう。彼は電話機のボタンを押し、電気サービスセンターへかけてみた。すぐに答がかえってきた。
「ただいま広い範囲にわたって停電中で、ご迷惑をおかけしております。原因については至急調査中でございます。なるべく早く復旧させるよう努力中ですので……」
 もっとくわしく知りたいと思ったが、相手はこの文句をくりかえすばかり。テープ録音が回転しているのだろう。三回くりかえしてから「回線がこみあっておりますので、お早くお切り下さい」との注意の声がわりこんできた。彼は電話を切った。停電であることはわかったのだ。
 室内の温度はしだいにあがりはじめていた。汗がにじみだしてくる。室内で汗を流したことは、少年にとってこれまでになかった。はじめての体験。はっきりと指摘はできないが不安だった。それをまぎらそうと、無意識のうちにテレビのスイッチを入れ、気がついて苦笑いした。テレビも沈黙したままだった。いつもはにぎやかさを泉のごとく出しつづけてくれるのに。
 少年はそわそわし、あたりを見まわした。こちらの意志によって周囲が静かなのは好ましいことだ。しかし、いまはそうでない。いかに呼びかけても、まわりの装置たちは眠ったままなのだ。無礼さをひめて人間を無視しているようでもあった。
 彼は室内をうろつき、小型ラジオというもののあったことに気づいた。ラジオのスイッチを入れる。かすかな音がした。
〈ただいま停電中です。室内が暑くなりすぎたら、窓をおあけになって下さい……〉
 そんな注意をくりかえしていた。原因についての説明はなかった。もっと大きな音にしたかったが、ダイヤルを一杯にまわしてもだめだった。電池が弱まっているのだろうか。それとも、停電で非常用の電源が使われ、発信電波がいつもより弱いためだろうか。
 どこからともなく暑さがじわじわとしのびこんできて、温度はさらにあがった。少年はラジオの指示を思い出し、窓をあけた。そとの空気もむっとするものだった。風が流れこんできてはくれたが、それは湿気もともなっていた。肌はべとつき、こころよいものではなかった。
 窓からは騒音も流れこんできた。人びとの話し声。少年は広場を見下した。そこにはかなりの人がいて、右往左往していた。こんな光景もはじめてのものだった。暑い日盛りに大ぜいが集まるなど、予想もされなかった。
 だれもが汗をぬぐいながら、落着きなく話しあっている。話しあうといっても、みな質問をする一方で、答えているらしい人はいないのだ。不安をどう処理していいのか持てあましているようすだ。
 夕刻ちかい時刻。調理機が動かず、夕食の用意をどうしたらいいのか困っているらしい婦人。ラジオのない家、あっても電池がきれている家も多いのだろう。室内にいて、ひとりでただ待つのが心細いのだ。赤ん坊の泣き声。おもしろがってかけまわる幼い子を呼ぶかん高い声。
 そのほかさまざまな声が、ざわめきとなって立ちのぼってくる。窓をあけてそれを耳にした人は、かり出されるように外へ出て、広場の人たちに加わる。広場とは、こんな時にこんな役を果たすのだな、少年はそう思った。
 ぎゅうづめの自動車がとまり、それからおりた人も人ごみに加わる。地下鉄もとまっているのだろう。汗まみれになって歩き、やっとここへ帰りついた人もいるようだ。まわりの人たちから、町の中央部のようすを何度も質問されているらしい。原始的な情報交換の形だな。少年はいつか学んだことを、ふと思い出した。
 暑さはつづいている。陽は傾き、ビルの影ものびてはいるが、熱気を吐き出す地面は、さらに温度を高めているようだ。ざわめきは|沸《わ》きたつ液から立ちのぼる湯気のよう。涼しさをおびたものは、どこにも見あたらなかった。
 
 室のすみで電話のベルが鳴りはじめた。少年はほっとしたように受話器をとった。それは外出中の母親からだった。こう言っている。
「そちらのようすはどう……」
「電気がとまっちゃってなんにもできないけど、心配するほどのことはないよ。そのうちなおるんでしょ」
「うちでじっとしているんですよ。さわぎに巻きこまれたりしないようにね」
 母親の声は緊張していた。外出さきのそこでは混乱がおこっているのかもしれない。どうなのだろう。少年はくわしく聞きたかったが、電話は終ってしまった。自宅で少年が無事なのを知って、それで母親は安心したのだろう。あるいは、電話をかけたい人がそばにいて、せかされて切らざるをえなかったのかもしれない。
 母との電話で、少年の心からいくらか不安がうすれた。また、まもなく父親からも電話がかかってきた。つとめ先の仕事を装置なしで片づけなければならないので、帰宅がおそくなるとのことだった。
 いちおう安心すると、空腹を感じはじめた。いつもの習慣で冷蔵庫をあけてみたが、そとと同じあたたかさがみちていた。ジュースを口にしたが、なまぬるさが口にひろがっただけで、おいしくなかった。料理をしようにも調理機が動かず、少年はビスケットを何枚か食べ、それであきらめた。
 少年はまた長椅子にからだをのばした。背中が汗でべとつき、いやな気分だった。涼しさがなつかしくてたまらなかったが、いまはどうしようもなかった。なるべくからだを動かさず、彼はさっきのつづきを、ぼんやりと考えた。世の中で最も重要な仕事は、このような故障をおこさせないことかもしれないな。こんな重要なことはないだろう。しかし、重要な仕事にはちがいないが、いつもは地味で目立たないことだなあ。
 そとのさわぎは、さらに大きくなりつつあるようだった。夕ぐれが迫り、それがいらだたしさをかきたてるせいかもしれなかった。空腹のためもあるだろう。酔っぱらったような叫びもする。不安をまぎらそうと酒を飲んだ人だろう。
 停電という事故で、思いがけなかった空白が生活のなかに発生した。それを人びとが、思い思いのやりかたで埋めようとしているのだ。いや、積極的に埋めようとしているのではない。空白が人びとの心から真空ポンプのようにさわぎを吸い出し、あたりにあふれさせているのだ。
 いつもの整然さとちがい、それは活気があり、魅力的でもあった。少年は広場へ行ってみようと思った。母親の注意を忘れたわけではないが、近くで見るぐらいはいいだろう。
 室から出る。しかし、もちろんエレベーターは動かない。階段をおりる以外になかった。下の階へと移りながら、少年はさまざまな声を聞いた。
 暑さのため、各室のドアが開けっぱなしになっているのだ。そこから、いろいろな人の大声がもれてくる。少年はそっとのぞいてみた。すると、だれもが電話にかじりつき、なにかをわめいているのだとわかった。
 不安感を訴える声。怒りをぶちまける声。くどくどととりとめなくしゃべる声。笑いにまぎらそうとする声。各人それぞれの感情をぶちまけていた。受話器のむこうには、その話し相手としてやはり同じような人がいるのだ。
 電話線はいま、人間の各種の心の動きをのせ、それを伝えるのにいそがしい。機能ぎりぎりに働いているのだろうな。少年は、なぜ電話は停電しないのかとふしぎに思った。よくわからないが、きっと特別な電源が使われているからなんだろうな。
 メロン・マンションを出て広場に行くと、人びとの表情や声にもっとはっきりと接することができた。少年の顔みしりの人が、少しはなれて大声でどなっていた。いつもはおとなしい人なのだが、顔をこわばらせ、手をふりまわして、別人のようだった。
 その逆に、いつもは軽率な人なのに、あわてることなく他人のせわをしている人もあった。意外なものだなあ、と少年は思った。このような異変がなかったら、人のこのような一面を知らないまま、それですんでしまうわけなんだな。
 あばれている人もあった。樹木の枝をへし折ったりして他人に制止され、制止されるのを楽しんでいるようだった。管理人に抗議をしようと叫ぶ人もあり、それに付和雷同している人たちもあった。食事がくばられるらしいぞと叫んだ者があり、それにくっついてぞろぞろ動いた連中もあった。しかし、食事をくばっているところはどこにもなかった。
 腹がへったと泣き叫ぶ人もいた。一回ぐらい食べなくても死にはしないのだが、このままずっと食事にありつけないのではとの恐怖にかられているのだろう。うまれてはじめての空腹の不安は、理屈をこえた衝動となっている。
 少年は人ごみのあいだを抜け、ひとまわりした。めずらしく興味ある体験だった。しかし、そのうち母親の注意を思い出し、自分の室に帰ることにした。また階段をひとつずつあがる。どこの部屋でも、電話機にむかって話す声がしていた。双眼鏡で広場を眺め、どこのだれはなにをしているなどと、だれかに知らせてひまつぶしをしている人もあった。
 ラジオは時たま、思い出したようにニュースを流していた。だが、あまり要領をえないものだった。
〈停電の原因は調査中です。遠からず復旧する予定です。みなさん、冷静に行動して下さい。混乱はなんの結果もうみださないばかりか、復旧をおくらせるばかりです。地下鉄の通勤者のかたは、大型バスを手配中ですから、静かにお待ち下さるよう……〉
 原因はまだわからないらしい。各地で混乱がおこり、通勤者たちが帰宅を急いでさわいでいるらしいと推察できた。さわぎはさらに大きくなっているのではないだろうか。どの程度に不安がったらいいのだろう。いつもならそれはテレビが教えてくれる。解説つきでていねいに示してくれるのだ。しかし、いまはそれがない。
 やがて、そとは暗くなった。少年は窓のそばに椅子を運び、それに腰かけてそとを眺めた。夏の夜のにおいをかぐことができた。植物のかおりと蒸気とがまざり、なにかがひそんでいるような空気。少年はこれもはじめてだった。エアコンディションのきいた飼いならされたような空気ばかりを吸っていたので、すばらしく新鮮な印象だった。これが夏というものなのだ。
 また、暗さも珍しかった。いつもは夜になると自動的に照明がともり、広場に明るさのたえることはない。しかし、いまは本当に暗いのだ。そのせいか星がよく見えた。昼間の空の支配者だった入道雲はどこかに消え、星々がいつのまにかまたたいていた。
 空は美しかったが、下の地面には人びとのざわめきがつづいていた。群衆のなかから室に戻った人もあるのだろうが、徒歩でここまで帰りついた人もあり、人数はいくらかふえ、むしあつい熱気がただよっている。
 広場の一角がぼうっと明るくなった。小さなたき火が燃えはじめたのだ。だれかが室のなかから持ち出した紙くずかなにかを燃やしたのだろう。こわれた木製の家具などもほうりこんだかもしれない。
 この暑いのにという感じだったが、人びとのあげる声はなごやかなものに変った。ゆれる炎が心を静める作用を示したようだ。眺めている少年にとって、それも新発見だった。
 暗いなかの炎には、郷愁をそそるものがあった。いま広場にいる大部分の人にとって、郷愁ははじめて味わう感情だろう。郷愁とはこういうものだと教えられたこともない。だが、それがわかるのだった。原始時代、人類の祖先が洞穴のなかで見つめた火。その時の思いがずっと伝わっているのだろうか。
 暗くてよくはわからなかったが、建物の窓からはやはり人びとがそれを見つめているようなけはいだった。なかにはその印象を電話で他人に話し、気休めに役立たせている人もあるのだろう。
 だが、少年は少しべつなことを空想した。あそこで燃えている紙。あの紙たちは、自分が燃えるものだなんて、いまはじめて知ったのじゃないかな。紙たちは、自分がなにかを包むのに使われたり、表面に印刷がなされたり書きこまれたりし、それで人の役に立つということは知っていただろう。しかし、燃えることによって人に影響を与えることもあるのだとは、いま気がついたというところじゃないんだろうか。
 人間もそれと同じようなものだ。異常な状態におかれてみて、はじめて自分でも知らなかった性格があらわれる。異変にであうことがないと、それはずっとわからずじまいなのだ。
 いまはコンピューターの時代。各人についてのデータは、なにもかもすべて揃っているといえる形だ。しかし、それは平穏な状態においてのデータ。完全とはいえないのではないだろうか。それとはべつに、本人さえ知らないデータがかくれているのだ。水面下の岩礁のように、異常に水面がさがらないと出現しないデータが。
 平穏な時の個性が本当の個性なのだろうか。異変にであった時の個性が本当の個性なんだろうか。このへんの問題になると、少年にはむずかしすぎた。それにしても、人はそれぞれずいぶんちがった反応をするものなんだなあ。いつもは、そうちがった生活をしていないのに。いったい、個性って、どこからうまれてくるものなんだろう……。
 ラジオが小さな声で言っていた。
〈この停電の原因は、送電関係者たちがいっせいに主要スイッチを切ったことにあるようです。中央からの指令のまちがいによって生じた結果か、またはべつな原因か、それについての調査はまだつづいております。いずれにせよ、まもなく送電は開始される予定です。もうしばらくお待ち下さい……〉
 それを聞き少年はほっとしたが、不審げに首をかしげもした。コンピューター時代だというのに、なぜそんなことがおこったのだろう。しかし、現実におこってしまったのだ。なにか手ぬかりがあったんだろうな。
 広場の一角ではけんかがはじまっていた。しかし、それを窓から見て警察へ電話した人があったのだろう。まもなくパトロールカーがやってきて、投光器で照らし、とりしずめた。酔っぱらっていた連中は、疲れたのか横になって眠っている。ギターをひきながら歌っている一団もあった。そして、人ごみからはなれ、ビルの屋上で暗い街の姿を心ゆくまで眺めている者もある。さまざまなタイプがあるのだった。
 
 そんな光景に、少年はずっと見とれていた。眠くなっていい時刻はとっくにすぎていたが、いっこうにそうならなかった。むし暑さのためでもあったし、興奮のためでもあった。空腹はがまんできないほどではなく、時どきなまぬるいジュースを飲んだ。
 ふと、どこかがさわがしくなった。少年は耳をすませ、それが近くの部屋かららしいと知った。好奇心がわいてきたし、ようすを見に行くのは、この無為の時間をつぶすのに適当なようだった。廊下へ出てみる。ここから五つ目ぐらいさきのドアのへんで、小型電灯の光がいくつか動いていた。
 少年はしのび足でそこへ近づいた。暗いために気づかれることはなかった。警察の服を着た男が二人いて、部屋の人と話している。
「あなたは電力会社の送電部門につとめておいでですね」
「そうです」
「この停電事故の責任者のひとりとして、くわしく事情をお聞きしたいのです。警察までごいっしょにおいで下さい。正式の呼出し状を持ってきましたから、いやだとはおっしゃれません。いえ、あなたがいけないのだというのではありません。送電をとめるという事態が、なぜ発生したかをつきとめるためです」
 警察の人にこう言われ、その部屋の男の人は、ぼそぼそと答えていた。なにを言っているのかは、少年にはよく聞きとれなかった。それを少年は想像でおぎなった。この停電さわぎのもとに、あの人が関係していたみたいだな。警察の人が連れに来たんだから、たぶんそうなんだろう。仲間たちと相談してたくらんだのだろうか。それとも、だれかの指令を受けてやったのだろうか。ただの事故にすぎなかったのだろうか……。
 警察の人は連行していった。少年はそこにたたずみ、遠ざかってゆく小型電灯を見送っていた。
 どこかで電話のベルの音がしていた。くりかえしくりかえし鳴りつづけている。少年は、それがいま連行されていった人の部屋のなかからだと知った。部屋にはだれもいないのだろうか。どうやらそうらしく、ベルは鳴りつづけていた。
 少年はドアの握りをまわし、押してみた。意外なことに、それは簡単に開いた。鍵をかけ忘れていったのか、停電のために電気錠が働かなくなっていたのか、どちらかのようだった。少年はなかに入った。
 鳴りつづけているベルのほうに暗いなかを歩き、手さぐりすると受話器にさわった。いけないことだとは思ったが、好奇心は押さえきれないほど高まり、それを手にして耳に当ててみた。
「おい、まもなくそこへ警察のやつらがおまえを連行にあらわれる。しかし、あわてることはないぞ……」
 男の低い声だった。性格のないような口調。感じのいい声ではなかったが、少年は話の内容に気をひかれ、受話器を耳に押しつけた。この電話をかけてきた人は、どんな人なのだろう。警察の人が少し早く来すぎたので、ぼくが聞くことになってしまったようだ。しかし、警察の来るのを予告し、あわてるなと言うなんて……。
 少年は息をひそめ、なにも答えなかった。へんに応答したら、勝手に室に入ったのがばれ、おこられてしまうかもしれないのだ。声は言いつづけている。
「……おまえは命令どおりやってくれた。約束どおりおまえの私生活の秘密はまもってやるから、心配するな。それに、警察のことも心配するな。おまえたちを動かして停電をおこさせたように、警察の人たちを動かしておまえたちをすぐ釈放させることもできるからだ。今回のさわぎの目的を教えてやろう。もし口外したら、おまえの秘密を他人に公表するぞ。つまり、こんどのことで新しいデータをたくさん得ることができたというわけだ」
 声はそう言い、電話を切った。少年はそっと受話器をおき、自分の室へともどった。なにか夢のなかにいるようだった。
 少年は長椅子の上に横たわり、暗いなかであれこれ考えてみた。最初のうちは、驚きのためにあまり頭が働かなかった。なんだかすごく重大なことのようだ。よくわからないが、個人の秘密をたねにおどかし、むりやり停電をおこさせたようだ。そして、その力は警察にも及んでいるらしい。
 なにげなく穴をのぞいて、社会の裏側を見てしまったような気分だった。こんなことってあるのだろうか。少年はいまの電話の声を思い出してみた。ふざけているような口調ではなかった。底しれぬものをひめているような感じだった。
 あれはだれなのだろう。その想像は少年にはまるでつかなかった。しかし、なんのためにやったのかは、いくらか整理されてきたようだった。声の言っていた最後の文句。また、少年がさっきとりとめなく考えていたこと。それらが結びついて、ひとつの形らしきものとなってきた。
 事件をおこすことで、各人の反応がわかり、それぞれの性格が測定される。いままでのデータだけではわからなかった性格が、より深く判明するのだ。それが情報となって記録されるのだろう。工場では製品について、熱したり低温にしたり、衝撃を与えたりして試験をやっているという。つまり、そんなようなことなんだろうな。
 現代における事件の意味と必要性が、少年にいくらかわかってきた。むかしは、事件といえばいやなことであり、それ以外のなにものでもなかった。その後マスコミが発達してからは、事件が娯楽の意味を持つようになってきた。事件のニュース、事件の中継、それらは人びとを楽しませる要素をおびた。それに教訓としての意味がすこし。
 そして、コンピューター時代のいま、事件は新しいデータ、新しい情報をうみだすという意味を持つようになったのだ。
 すべてが平穏では、情報は発生しない。しかし、事件がおこると、変化した環境のなかで、人はさまざまな反応を示す。情報はより広く、より深く、より多様にうまれ、それは採集され、将来のために準備されるのだ。事件の必要性はここにある。事件はおこらなければならない。おこらなかったら、おこさなければならない。
 こんなようなことを、少年は考えた。おひるすぎに頭に浮かんだ疑問が、こんなところで結論めいたものになってしまうとは。こんな考え方でいいのかなあ。少年は声に出さずつぶやいた。いまの社会でいちばん重要な仕事とは、事件をおこす人ということになってしまう。新しい情報を発生させることで、各方面がそれで利益をえる。へんなしくみだなあ。ぼくが成人となる未来には、コンピューター以上のものができ、さらにべつなしくみがうまれてくるのだろうか……。
 
 暗いなかで、少年はじっとしていた。からだも疲れたし、頭も疲れた。時間が流れてゆく。
 ふいにあたりが明るくなった。停電が終ったのだ。すべてが生気をとりもどした。窓をしめると冷房がききはじめ、むし暑さは薄れていった。テレビはつき、冷蔵庫は仕事をはじめ、ティーチング・マシンのランプもついた。なにもかももとどおりになったのだ。広場にも照明がつき、人びとは散っていた。
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