教授の登場と同時に、服装のいい前列の聴衆の間にいくぶん同情的な笑いがおこったところを見ると、学生たちの反応はかならずしも彼らにとって不愉快なものではなかったらしい。聴衆のあいさつはまさにすさまじい音の爆発で、餌のバケツを持った飼育係の足音が遠くに聞こえたときの、肉食動物の捻うなり声に似ていた。いくぶん攻撃的な調子があったかもしれないが、わたしが受けた感じでは概して単なる騒々しい叫び声、憎み軽蔑している人物というよりは自分たちを楽しませてくれる人物に対する騒々しい歓迎、というところだった。チャレンジャーは、気のやさしい男が、やかましく吠えたてる仔犬の一群に対したときのように、うんざりしたような、寛大な軽蔑の微笑を浮かべてゆっくり着席し、胸を張り、ひげをしごきながら、まぶたのたれさがった尊大な目つきで満員の会場をねめつけた。彼の登壇と同時におこった騒ぎは、議長のロナルド?マレー教授と講演者のウォルドロン氏が前に進み出て、いよいよ会が始まってもまだつづいていた。
マレー教授は、大部分のイギリス人に共通する欠点、すなわち声が小さいという欠点を持っていた。いったい、多少とも聞くに価することを話そうという人間ならば、なぜ話し方の技術という簡単なことを身につけようとしないのか、これは現代生活の不思議の一つである。彼らのやり方は貴重な泉の水をつまったパイプで水槽に送りこもうとするほど不合理なことで、しかもそのパイプはほんのちょっと掃除してやれば簡単に通るのである。
マレー教授は自分の白いネクタイとテーブルの水さしに向かって深遠な言葉をぼそぼそと話しかけ、右手の銀の燭台におどけたまなざしを送った。彼が腰をおろすと、有名な講師のウォルドロン氏が立ちあがり、会場には好意的なざわめきがおこった。いかめしい痩せた顔、しゃがれ声と攻撃的な態度に似合わず、他人の意見を消化し、それを、素人にもわかりやすく興味ある方法で伝える技術をそなえていた。しかも真面目一方の話題について語るときも、面白おかしくするこつを心得ているので、天文学のほうでいう歳差とか脊椎動物の形成といった問題も、彼にかかるとばかに楽しい話になってしまうのである。
彼がわれわれの前にくり拡げてみせたのは、常に明晰で時には華麗かれいと言ってもいいような言葉で、科学的に解説する天地創造の鳥瞰図だった。地球が燃えるガスの巨大な塊りとなって宇宙を運行するところからはじめて、それが固まり、冷却し、褶曲しゅうきょくして山を作り、蒸気が水になり、想像を絶する生命のドラマの舞台がじょじょに形成されてゆく過程を描いて見せた。生命の起源そのものに関しては、慎重に言葉をにごした。生命の根源が、初期の高温時代をこえて生き残らなかったことは確実である、と彼は断言した。したがって生命の発生はそれ以後のことである。それは冷却しつつある地球の無機物質から発生したものであろうか? 大いにありうることだ。それとも宇宙の他の流星からやってきたのだろうか? これはまず考えられない。一般的に言って、賢明な人間はこの問題について柔軟性に富んだ考え方をするだろう。無機質から有機質を作りだすことはおそらく不可能だろう――少なくともこれまでのところ、その実験は成功していない。生と死の間に横たわる断層に、人間の化学はまだ橋をかけることができないでいる。
しかしより高度の、より精妙な大自然の化学というものが存在して、それが長期間にわたって偉大な力を及ぼしつづければ、人間には不可能な成果を生みだすことができるのかもしれない。それ以上のことはうかがい知る由よしもない。
ここで講演者は低級な軟体動物や微弱な海の生物にはじまり、一段一段のぼりながら爬虫類や魚類を通過して、ついにトビネズミにいたる動物界の巨大な階梯に話題を転じた。
胎生動物であるこのトビネズミは、おそらくあらゆる哺乳動物の直接の先祖であり、したがって今この会場におられる皆さんの祖先でもあるかもしれない。(後列の疑い深い学生たちの間から、「ちがう、ちがう」の声あり)今反対の声をあげた赤いネクタイの若い紳士は、おそらく卵からかえったと主張しているのでしょう。これはまことに珍しい例だから、講演終了後すぐお帰りにならず、ぜひとも詳しく観察させていただきたい。(笑い)大自然の長い進化のクライマックスが、赤いネクタイをしたこの紳士の創造だったというのは、なんとも奇妙なことである。しかし、進化ははたしてこれで終了したのだろうか? この紳士を最終の型――発展のすべてであり大団円であると考えるべきだろうか? この赤ネクタイの紳士が私的生活においてどれほどの美徳をそなえていようとも、宇宙のはかり知れぬ進歩がこの人物を生みだしたことで停止するならば、これはまことに残念なことである。おそらくこういう言い方をしても赤ネクタイの紳士が感情を害されることはあるまいと思う。進化の原動力は尽きはててしまったわけではなく、依然として動いており、まだまだ多くの成果をこれから達成するだろう。
こうして満場のしのび笑いの中で、見事に野次を処理したのち、講演者はふたたび地球の過去に話を戻して、海が干あがり、砂洲があらわれ、その周辺に緩慢な粘着性の生命が出現し、潟かたは生物であふれ、海の生物が泥床に避難所を求め、そこにある豊富な餌を食べてどんどん成長してゆく過程を説明した。「かくてウィールドやゾルンホーフェンの粘板岩中に化石となって発見され、いまだにわれわれをぞっとさせる醜悪なトカゲの一種が生まれたのです。この種族が人類出現のはるか以前に消滅したことは、まことに幸運であったと言わねばなりません」「質問!」と、このとき壇上からのぶとい声が響きわたった。
ウォルドロン氏は、赤ネクタイの紳士の例を見てもわかるように、辛辣なユーモアの才をそなえた規律を重んじる人物であり、彼の講演を野次で妨害するのは危険なことだった。しかしこの叫び声はあまりにも唐突だったので、さすがの彼もどぎまぎしてしまった。不愉快なベーコン派(シェークスピアの作品は実はベーコンの作であると主張する人々)と対決したシェークスピア学者か、地球平面説を信じる狂人に議論をふっかけられた天文学者なら、きっとこんな顔をするところだろう。ウォルドロン氏はちょっと間をおいてから、ひときわ声を大にしてゆっくりくりかえした。「この種族が人類出現のはるか以前に消滅したことは……」「質問!」と、例の声がもう一度ひびき渡った。
ウォルドロンがあっけにとられて壇上の教授連を一人ずつ目で確かめるうちに、まるで眠りながら笑っているかのように、椅子にそりかえって目をつむりながら楽しそうな表情を浮かべているチャレンジャーにぴたりと視線をとめた。
「なるほど!」ウォルドロンは肩をすくめながら言った。「声の主はチャレンジャー教授のようですな」そして満場の笑い声の中で、これですべてが片づき、もう言うことはないといった態度でふたたび講演に戻った。
ところが問題はこれで片づくどころではなかった。過去の荒野の中にあって、演者がどの道を選んだにしろ、行きつくところはかならず今は消滅した先史時代の動物の話になり、そうするとたちまちチャレンジャー教授が雄牛のような声で「質問!」とわめきたてるのだった。聴衆はむしろそれを期待するようになり、いよいよその声が聞こえると大喜びで騒ぎたてた。学生たちで満員のベンチまでが仲間入りして、チャレンジャー教授のひげが上下に別れると、本人がまだ声を発しないうちから、何百という声が「質問!」と叫び、ほぼ同数の声が「静粛!」とか「見苦しいぞ!」とそれに応酬した。さすがに気の強いウォルドロンも、これには浮足立ってしまった。もじもじしたりどもったり、同じことをくりかえしたり長い一くさりを言いよどんだりしたすえ、とうとうかっとなって騒ぎの元兇のほうに向きなおった。