その夜は非常に静かだったが、進むにつれて低いごろごろという音、絶え間ない呟つぶやき声のようなものが前方に聞こえはじめた。音はしだいに高くなり、すぐ近くからはっきり聞こえるようになった。立ちどまってもやはり切れ目なしにつづいているところを見ると、どこか一定の場所から響いてくるものらしい。やかんの湯が煮立つ音か、大きな鍋の煮える音に似ていた。間もなく音の震源地が見つかった。小さな空地の中央に、湖――むしろ水たまりというほうが適切かもしれない、トラファルガー広場の噴水の池ほどの大きさしかなかったから――が見えたのである。黒いタールのような物質におおわれたその表面が、底から噴きだすガスの泡であがったりさがったりしていた。表面の空気が熱気でちらちら揺れ、まわりの地面は手でさわれないほど熱かった。明らかにはるか大昔にこの台地を持ちあげた火山活動が、いまだ完全に死に絶えていないのだ。繁茂する植物の間からのぞく黒ずんだ岩や熔岩の塊りは、いたるところで見かけたが、ジャングルの中にあるこのアスファルトの水たまりは、台地の斜面で大昔の噴火口が今も活躍していることを示すはじめてのものだった。夜明け前にキャンプまで戻るには先を急ぐ必要があったので、ここをくわしく観察する暇はなかった。
この夜の恐ろしい散歩を、わたしはいつまでも忘れないだろう。月明りに照らされた広い空地を通るときは、はしのほうの影の部分を忍び足で通り抜けた。ジャングルの中では、野獣が通るらしい小枝の折れる音がするたびに、胸をどきどきさせながら立ちどまった。時おり大きな黒い影がすいと目の前に浮かびあがっては消えた――四つ足で地を這うような、大きくて静かな影だった。わたしは何度逃げ帰ろうとして立ちどまったことか、しかしそのたびに自尊心が恐怖を押しのけて、ついにわたしを目標地点まで進ませた。
ついに(時計は午前一時を指していた)わたしは、ジャングルの切れ目に鏡のように光る湖面を認めた。十分後には中央湖の岸に生い茂るアシの中に立っていた。ひどく喉がかわいていたので、地面にひざまずいて湖の水を心ゆくまで飲んだ。目のさめるような冷たい水だった。そこは広い径になっていて、さまざまな動物の足跡が残っていたから、動物たちの水飲み場に違いない。水際に巨大な熔岩の塊りがぽつんと横たわっていた。その上にのぼって横になると、あらゆる方角に見通しがきいた。
最初目についたのは、なんとも驚くべき眺めだった。木のてっぺんからの眺めを説明したとき、遠くの崖に洞穴の入口らしい無数の黒点が見えたと述べたが、今その同じ崖を見あげると、赤い光の円盤がいくつもくっきりと闇の中に浮かびあがっている。まるで汽船の舷窓に灯がともったようだ。一瞬火山の活動で流れだした熔岩の輝きかと思ったが、そんなことはありえない。熔岩ならば高い崖の上などではなく、凹んだ場所から流れだすはずだ。だとしたら、いったいこの光の正体はなんだろう? 不思議なことだが、そうとしか考えようがない。この赤い光は洞穴の中で燃えている火の反映に違いない――火をおこすことのできるのは人間だけだ。とすると、台地には人間が住んでいることになる。わたしの探検はりっぱに報いられた! ロンドンへ帰って報告すべき特大ニュースがここにある!
わたしは長い間横になったまま、この赤くふるえる光の斑点を見守った。わたしのいる場所から十マイルははなれていると思うのだが、それだけの距離をおいても、だれかその前を通りすぎるらしく、時おり明りが点滅したり暗くなったりするのが手にとるようにわかる。この洞窟まで忍び寄って中をのぞき、この不思議な場所に住む種族の外見と性格について、仲間に何か報告を持ちかえれるなら、わたしはひきかえにどんなものを投げだしてもいい! さしあたりそれは問題外だが、いずれわれわれがこの台地を去るまでには、洞窟についてはっきりした知識を手に入れなくてはなるまい。
グラディス湖――わたしの湖――は、その中心に明るい月の影をうつして、水銀を流したように目の前に横たわっている。いたるところで低い砂洲が水面に突きだしているのを見れば、湖は底が浅いことがわかる。静かな水面のあちこちで生物の気配がする。それは波紋とさざなみだけのこともあれば、銀色の鱗うろこを輝かせてとびあがる大きな魚や、石板スレート色のこんもりした背だけを水面にのぞかせて移動する怪物のこともある。ある黄色い砂洲では、不恰好な体と長いしなやかな首をして、水際をそろそろ歩きまわる巨大な白鳥のような動物が見えた。やがてそいつは水の中にとびこんだが、まがった首と突きだした頭だけがしばらくの間水面で揺れていた。間もなくそれは水中にもぐって完全に姿を消した。
わたしの注意は間もなく遠くの眺めから、足もと近くでおこっていることに引き戻された。二匹の巨大なアルマジロのような動物が水飲み場にやってきて水際に坐りこみ、赤いリボンのように見える長いしなやかな舌を出したり引っこめたりしながら、ピチャピチャ水をなめていたのである。枝角をはやした王者のような風格を持つ巨大な鹿が雌鹿と二頭の仔鹿をひきつれて、これまたアルマジロと並んで水を飲んでいた。これほど大きな鹿は地球上のどこにも存在しないだろう。わたしの見た鹿はせいぜいそいつの肩のあたりまでしかなさそうだ。やがて彼は警告の叫びを発して家族と一緒にアシの茂みに姿を消し、一方アルマジロもあわてて隠れ場に逃げこんだ。新手の見るからに恐ろしい怪物が道を近づいてきたのだ。
一瞬わたしはこのぶざまな姿をどこかで見たような気がした。彎曲した背中に三角のとげが生えならび、鳥のような奇妙な頭は地上すれすれのところにある。そうだ、思いだした。剣竜ステゴサウルス――メイプル?ホワイトがスケッチブックに描いた動物、最初にチャレンジャー教授の関心をひいた動物だ! おそらくアメリカ人画家が出会ったやつの同類が、今わたしの目の前に現われたのだ。そいつの途方もない重さで地面が揺れ、ゴクンゴクンと水を飲みこむ音が静かな夜の中に響きわたった。およそ五分間、そいつはわたしの岩のすぐ近くにいた。手をのばせば、背中で波打つ気味の悪いとげにさわりそうなほどだった。やがて地響きをたてながら水飲み場をはなれ、玉石の間に姿を消した。
時計は二時半を指していた。わたしはそろそろしおどきだと判断して、帰途についた。
小川の右側をずっと歩いてきたのだから、帰る方角についてはなんの心配もなかった。小川はわたしのいる石からほんの目と鼻のところで中央湖に注いでいる。わたしは意気揚々と出発した。収穫は十分にあるし、仲間に喜ばれそうなニュースもたくさんある。もちろん中でも重大なのは、火の燃えている洞窟を見たことと、そこに穴居人が住んでいるらしいことだ。そのほかにも、経験から中央湖について話すことができるだろう。そこには不思議な生物がいっぱいいることを証言できるし、これまで見たこともないような原始的陸棲動物をいくつかこの目で見た。歩きながら考えたことだが、この夜のわたしほど不思議な夜をすごし、それによって人類の知識に多大の貢献をなした人間は、そうざらにはいないだろう。