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十 不可思議な事件(4)

时间: 2024-07-30    进入日语论坛
核心提示:「森の中へ逃げこんで一か所にかたまるんだ」ジョン卿が銃を逆さに持って身構えながら叫んだ。「やつらは襲ってくるつもりだぞ」
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「森の中へ逃げこんで一か所にかたまるんだ」ジョン卿が銃を逆さに持って身構えながら叫んだ。「やつらは襲ってくるつもりだぞ」 退却しようとしたまさにその瞬間、頭上の輪はいっそうせばまって、一番近くまでおりてきたやつの翼のはしがわれわれの体にあやうく触れそうになった。銃の台尻で打ちかかったが、手ごたえもなければ傷ついたようすもなかった。そのとき、突然かすめ飛ぶ石板色の輪の中から長い首がさっとのびて、鋭いくちばしが突きかかってきた。くちばしはあとからあとから襲ってくる。サマリーが悲鳴をあげて片手で顔をおおった。指の間から血がしたたり落ちた。わたしもうなじのあたりに刺すような痛みを感じて、ショックでふらふらしながらうしろをふりかえった。チャレンジャーが倒れたので助けようとして身をかがめたとき、うしろからまた襲われ、彼と重なって倒れた。そのときジョン卿の象射ち銃の銃声が聞こえた。顔をあげると、翼を折られた一匹の翼手竜が、くちばしをクワッと開いてわめき、まっ赤な目をギョロギョロさせながら、まるで中世の絵で見る悪魔のような姿で地面をのたうちまわっていた。仲間は突然の銃声に驚いて空高く舞いあがり、頭上で輪を描いていた。
「今だ」ジョン卿が叫んだ。「命がけで逃げろ!」 よろめきながら低い茂みを通り抜け、ようやく森の中に逃げこんだが、それでもなぁ∠ーピイどもはふたたび襲ってきた。サマリーが一撃をくらって倒れたのを、ほかの者が助けおこして木の幹の間を走った。そこまでくればもう安全だった。巨大な翼がじゃまをして枝の下までは入りこめないからである。びっこをひきひき意気消沈して帰途につくころになっても、彼らは抜けるような青空を背景にして、頭上はるかな高みでいつまでも輪を描いていた。今ではジュズカケバトほどの大きさにしか見えないが、きっとまだわれわれの姿を執念深く目で追っていることだろう。だが、やがてわれわれがもっと深い森の中に入るころ、ついに彼らも追跡をあきらめたらしく、姿が見えなくなった。
「実に興味深く、有益な経験だった」小川のほとりで一休みしたとき、チャレンジャーがはれあがった膝ひざを水で冷やしながら言った。「怒った翼手竜の習性を、われわれほどくわしく観察した人間はおるまいな、サマリー君」 サマリーは額にできた傷の血をぬぐい、わたしは首筋のひどい傷をしばった。ジョン卿も上着の肩のところを噛みとられていたが、幸いかすり傷程度ですんだ。
「これは注目すべきことだ」チャレンジャーはつづけた。「マローン君は明らかにくちばしで突かれているが、ジョン卿の上着は歯で噛み切られたものだ。わしの場合は翼で頭を殴られた。つまり連中の攻撃法が実に多彩をきわめているという何よりの証拠だよ」「実際間一髪というところで助かった」ジョン卿が真剣な顔で言った。「まったくあんないやらしいやつにやられて死ぬなんて考えただけでぞっとする。発砲したのは申しわけないが、なにしろああするより仕方がなかったんです」「発砲してくれなかったら今こうして生きてはいられませんよ」わたしは確信をもって答えた。
「銃声だけならどうということはないかもしれない。どうせこれだけの森では木が折れたり倒れたりして、しょっちゅう銃声のような音がひびいているもんです。だが、みなさんも同感なら、今日は一日にしてはスリルが多すぎたから、これで本部に戻って薬箱の石炭酸で傷口を消毒するほうがいいと思います。あいつらの恐ろしい歯にはどんな毒がないとも限りませんからね」 世界がはじまって以来、この日のわれわれのような経験をした人間は皆無だろう。とにかくここでは驚異の種がなかなか尽きないらしい。小川ぞいにようやく空地に帰りついて、いばらのバリケードを見たとき、これでどうやら一日の冒険も終わりだと思った。ところが一休みする間もなく、頭の痛くなるような謎が待ち受けていた。チャレンジャー砦の門も城壁もそっくり元のままなのに、何か不思議な力強い動物が留守中に侵入した痕跡があった。といっても足跡がないので侵入者の正体はわからず、わずかに巨大なイチョウの木のたれさがった枝を伝ってそれが出入したらしいと想像がつくだけだった。しかし荷物の荒らされ方を見れば、それが兇暴な力の持主であることは一目瞭然だった。地面いっぱいに品物がまき散らされ、肉の罐詰が一個ぐしゃぐしゃにつぶれて中身がはみだしていた。弾薬箱がマッチの軸のように粉々になり、ちぎれた薬莢がそばに転がっていた。われわれはふたたび正体不明の恐怖に襲われて、恐ろしい怪物がひそんでいるかもしれない周囲の薄暗がりをこわごわ見まわした。おりからサンボの呼び声が聞こえた。台地のはずれまで出て行って、三角岩の頂上に腰かけて笑っている彼の姿を見かけたとき、どれほど心が休まったことか。
「何もかもうまくいきました、チャレンジャーさま。何もかも! わたしはここにおります。ご心配なく。用があったらいつでも呼んでください」 彼の正直そうな黒い顔と、豊かなアマゾンまでの道のりの半ばに相当する目の前の広大な眺めが、われわれは二十世紀の地球上にいるのであって、誕生間もない荒れはてた状態の惑星にいるのではないことを実感させた。紫色にかすむ地平線の向こうの大河では、巨大な蒸気船が行きかい、人々が日常生活の些細な出来事を噂し合っているというのに、一方われわれは過ぎ去った時代の動物たちにまじって野営しながら、もう一つの世界をはるかに眺め、それが意味するものすべてにあこがれることしかできないというのが、どう考えても現実とは思えなかった。
 この驚きにみちた一日のことでもう一つだけ忘れられない記憶がある。それを書いてこの手紙を終わるとしよう。怪我をしたためにいくらか怒りっぽくなっていたせいだと思うが、われわれを襲ったのはプテロダクティル属だったかダイモルフォドン属だったかということで教授たちの意見が対立し、激しい口論に発展した。喧嘩にまきこまれたくないので、わたしが少しはなれたところで倒木の幹に腰をおろして煙草を吸っていると、ジョン卿がぶらりと近寄ってきた。
「あいつらのいた場所がどんなだったかおぼえているかね、マローン君?」「はっきりおぼえていますよ」「あれは火山の噴火口だと思わないか?」
「きっとそうですよ」
「地面をよく見たかい?」
「岩があった」
「だが水たまりのまわり――アシのはえているあたりは?」「青味がかった土だった。あれは粘土でしょう」「いかにも。青い粘土のつまった噴火口だ」
「それがどうかしたんですか?」
「いや、なんでもないんだ」と言いすてて、彼はまたぶらぶら戻って行った。そっちのほうからは、サマリーのかん高いキイキイ声があがったりさがったりしてチャレンジャーのよくひびく低音にからんだ、学者たちの長ったらしい口論の二重唱が聞こえてきた。その夜、「青い粘土――噴火口につまった青い粘土か!」というジョン卿のひとり言をもう一度聞かなかったら、わたしはこのことをすっかり忘れていただろう。くたくたに疲れきって眠りこむ前に聞いた最後の言葉がそれだった。
 
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