そのうち、罐詰の机とちびた鉛筆と最後に一冊残ったぼろぼろのノートよりましな筆記用具が手に入ったら、アッカラ?インディアンについて――それから彼らとともにすごした生活やわれわれが垣間見たメイプル?ホワイト台地の不思議な自然条件について、よりいっそう詳しい報告書を書くつもりである。少なくとも記憶が薄れるということはないだろう。わたしが生きているうちは、ここですごした期間の一刻一刻やすべての行動が、物心ついた子供をはじめて見舞う不思議な出来事の数々と同じように、いつまでも鮮明な形で頭にこびりついてはなれないだろうからだ。いかなる新しい印象もこれほど深く心に刻まれた印象を拭い消すことは不可能だろう。時がきたら、あの神秘的な月の夜に湖でおこったことを書いてみたいと思う。魚竜の子供が――これは一見したところアザラシと魚が半々に混じったような奇妙な動物で、くちばしの両側に骨のおおいかぶさった目があり、頭のてっぺんにもう一つの目玉がある――インディアンの網にかかり、岸へ引きあげる前にもう少しでわれわれのカヌーを転覆させるところだった。同じ夜、イグサの茂みからとびだした緑色の水蛇が、チャレンジャーのカヌーのかじとりの体にぐるぐる巻きついて連れ去った。まだ夜の間に現われた巨大な白い動物のことも語りたい。今になっても獣だったか爬虫類だったかわからないが、それは湖の東の薄気味悪い沼地に住んでいて、かすかな燐光を発しながら暗闇の中をとびまわった。インディアンたちはそれをこわがって沼地に近寄らず、われわれも二度探検して二度ともそれを見かけたが、深い沼地を通り抜けることはできなかった。結局わかったのはそれが牛よりも大きくて、じゃこうのような不思議な匂いを放っていたということだけである。さらに、ある日チャレンジャーを岩壁の洞窟まで追いこんだ巨大な鳥についても語りたい――それはダチョウよりも背が高く、バゲタカのような首と、歩きまわる死神といった態ていの恐ろしい顔をして地上を走りまわる鳥だった。チャレンジャーが安全な場所まで逃げこんだ瞬間、そいつのそりをうった兇暴なくちばしが、まるで鋭いのみ??のように教授の靴のかかとをけずり取った。このときは少なくとも文明の利器が役に立ち、頭から爪先まで十二フィートもある巨大な鳥は――チャレンジャー教授が息を切らしながらうれしそうに語ったところによれば、フォロラクスという名前なのだそうだが――ジョン?ロクストンのライフルで射たれて苦しそうに羽をふるわせ、激しくあがきながら黄色い残念そうな目をむいた。できることならオールバニーのジョン卿の部屋の壁に、そいつの平べったい意地の悪そうな首が獲物として飾られるところを見たいものだ。それから最後に、身長十フィートもある巨大なテンジクネズミ、トキソドンのことも語らねばなるまい。われわれは長い牙を持つこの動物が、夜明け方湖の岸で水を飲んでいるところを仕止めた。
以上すべてを、わたしはいつの日かもっと詳しく書いてみたい。そしてこうした忙しい日々にあって、夏の夕方、森のそばの長い草原に仲よく寝そべって、抜けるような青空を見あげながら、上空を舞う見たこともない鳥や、穴から顔をのぞかせてわれわれを観察していた不思議な動物に目をみはったこと、周囲の木の枝や茂みには甘い果物がたわわに実り、地上には見たこともない美しい花が咲いていたことなどを、しみじみと文章につづってみたい。また月の明るい夜長に、光り輝く湖上に船をこぎだして、想像もつかない怪物が突然躍りあがったときに拡がる波紋や、暗い湖底に棲む何物とも知れぬ動物が発する緑色のかすかな光を見たこともあった。いずれわたしの心とペンがこれらの場面を詳細に描きだす機会もあるだろう。
しかしながら、読者は不審に思われるだろう。わたしを含めた一行四人が日夜下界へくだる方法を求めて腐心すべきとき、なぜそのような見聞をひろめることに時間を費やしていたのかと。わたしの答はこうである。だれ一人としてそれを忘れていたものはなかったが、努力はすべて無駄だったのだ。ただ一つ、インディアンはわれわれの目的にとってなんの助けにもならぬということだけはすぐにはっきりした。ほかの点ではわれわれの友人であり、献身的な奴隷と言ってもいいほどだったが、岩の割れ目に渡す橋板運びを手伝うとか、下降に用いる革紐や蔓草を手に入れる話になるとたちまち態度はていねいだがきっぱり断わられてしまうのだった。微笑を浮かべ、目を輝かせて首を横にふられると、それで話はおしまいである。老酋長でさえわれわれの頼みを頑固に拒みつづけ、わずかにわれわれが救ってやった息子のマレタスだけが、何かに憧れるような目つきで、気の毒そうな身ぶりを示すだけだった。猿人との戦いに勝利をしめて以来、彼らはわれわれを、勝利を中に詰めた筒型の不思議な武器を持つ超人と見なすようになり、われわれが一緒にいる限り将来は安泰だと信じている様子だった。もし同族のことを忘れてこの台地に永住するならば、褐色の肌をしたインディアンの妻と専用の洞窟を、各人に無償で与えるという申し出さえおこなわれた。そんなわけで、われわれの希望からははるかにかけはなれてはいるものの、これまでのところ彼らは非常に親切にしてくれた。しかし最後には力ずくで引きとめられる恐れも十分あったので、脱出の具体的な計画は秘密にしておかなければならなかった。
恐竜に襲われる危険があったにもかかわらず(これは前にも述べたように夜行性動物だから、夜出歩かないかぎりさほど危険はない)、わたしは最近三週間に二度も古いキャンプ地へ行って、サンボが依然崖下でがんばっているのを見とどけた。はるか遠くに、われわれが祈るような気持で待っている救助隊の姿が見えはしないかと、目を皿のようにして広漠たる平原を見つめた。しかし長いサボテンがぽつりぽつりとはえているだけの平原は、はるか遠くの竹やぶまで、むなしくむきだしの姿を横たえていた。
「もうすぐ助けがやってきますよ、マローン様。一週間もしないうちにインディアンがロープを持って戻ってきて、みなさんを下までおろします」これがわが忠実なサンボのはげましの言葉だった。
二度目のキャンプ訪問から戻る途中、ある妙な出来事にまきこまれて仲間とはなればなれに夜を明かすはめになった。勝手知った道を通って翼手竜の沼地から一マイルかそこらの地点まできたとき、異様なものが近づいてくるのを見た。人間が竹を折りまげて作ったかごをすっぽりかぶって、ちょうど釣鐘型の檻おりに入ったような恰好で歩いてきたのである。さらに近づいてそれがジョン?ロクストン卿だとわかったときのわたしの驚きといったらなかった。わたしに気がつくと、彼はこの奇妙なおおいから出て笑いながら近づいてきた。ただし、いささかとり乱したようなところも感じられた。
「やあ、マローン君。こんなところできみに会おうとは思わなかったな」「いったい何をしているんです?」「友だちの翼手竜を訪ねるところさ」
「なんのために?」
「面白い動物だと思わんかね? ただ愛想が悪いのは困る! いつかのように知らない人間とみると牙をむいてとびかかってくるからね。だからこのかごを作ったのさ。こいつに隠れていればやつらをあまり刺激せずにすむだろうと思ってね」「沼地で何をしようというんです?」 彼はせんさくするような目つきになり、ためらいの表情を浮かべた。