江戸時代に盛行した庶民的な絵画。江戸の地を中心に発達し、別に江戸絵ともいう。絵画様式の源流は遠く大和絵{やまとえ}につながり、直接には近世初期風俗画を母胎としている。町人の絵画として、武家の支持した漢画系の狩野{かのう}派とは対立するが、様式の創造的な展開のために、その狩野派をはじめ土佐派、洋画派、写生画派など他派の絵画傾向を積極的に吸収消化し、総合していった。安価で良質な絵画を広く大衆の手に広めるために、表現形式としては木版画を主としたが、同時に肉筆画も制作しており、肉筆画専門の浮世絵師もいた。浮世絵という新造語が定着し始めるのは天和{てんな}年間(1681~84)のころである。浮世の絵といわれたその浮世ということばには、彼岸ならぬ現世、過去でも未来でもない現在、そして好色の気味の濃い俗世間という多重の語義が込められており、したがって浮世絵の扱う主題は、当世流行の最先端の社会風俗、それも幕府から悪所とされた遊里や芝居町などの風俗が中心となった。浮世絵の歴史は以下のような三期に区分される。(1)初期 明暦{めいれき}3年~宝暦{ほうれき}(1657~1764)。(2)中期 明和{めいわ}~寛政{かんせい}(1764~1801)。(3)後期 享和{きょうわ}~慶応{けいおう}(1801~68)。
浮世絵