唐の貞元年間のことである。蘇州の太湖で十数人の漁師が、網で魚をとっていたところ、魚はいっこうにかからず、小さな鏡がかかってきた。漁師たちはそれを湖の中へ放り込み、場所を変えてまた網を投げたが、やはり魚はかからず、かかってくるのは同じ鏡だった。なんどやってみても鏡だけがかかってくる。
一人の漁師がその鏡を覗(のぞ)いてみると、鏡の中には自分の骸骨(がいこつ)と五臓(ぞう)六腑(ぷ)が映っていた。男はそれを見たとたん、へどを吐いて気を失ってしまった。別の漁師があやしんで鏡を覗くと、やはり自分の骸骨と五臓六腑が映っていて、これまたへどを吐いて気を失ってしまった。最後に残った一人は、覗かずに湖の中へ投げてしまった。
気を失った漁師たちはみな、蘇生してからもふるえつづけ、翌日はもう湖へ出ようとはしなかった。鏡を覗かなかった一人だけが、また舟を出して網を投げると、普段の何倍かの数の魚がかかったばかりか、それまで病気がちだった躰(からだ)が、めきめきと丈夫になっていった。
不思議に思って古老にきいてみると、
「むかしからこの湖にはそういう鏡があって、何百年かに一度あらわれるという言い伝えがあるのだが、さてはほんとうだったのか」
といった。だが、その鏡が何であるかはついにわからなかった。
唐『原化記』