一体につき二千円——。
サラリーマンの軍団をつかまえようものなら、すごくいいお金になった。おまけに日払い。客引きほどおいしい仕事はなかった。とにかく、お金をためなくちゃ。
翌年の高校三年のときに、私の卒業旅行に彼と二人でハワイに行こうという話になった。まだ高校生の分際(ぶんざい)で、二人だけで旅行、それも海外旅行だなんてとんでもない、両親が許(ゆる)してくれるはずがなかった。お金を出してもらうわけにもいかない。
父は、お金には厳(きび)しく、財布(さいふ)のヒモはとても固かった。母にせがんでも、
「パパに言いなさい」
母はお金をビタ一文(いちもん)出さない人だった。
父からもらっていたわずかなお小遣(こづか)いは、ほとんど食べるもので消えていた。私としては、むしろ洋服を買いたかったんだけど。
来年三月の卒業旅行までに、とにかくお金だけはためておこうということで、お互いアルバイトをはじめた。旅費は各自で稼(かせ)ぐというわけ。
その前からもアルバイトはいろいろやっていたけど、一番きつかったのは、神宮(じんぐう)球場のコーラの売り子。客席の間を「コーラはいかが」。二日しかもたなかった。レストランのウェイトレスは、指輪をしていてはいけないと言われ、「やってられないわ」。これもすぐやめた。
そのうちに、悪い友だちが耳よりな話をもってきた。女が効率よく稼ごうと思ったら、やっぱり水商売。というわけで、クラブのホステス。
たしかにいいお金にはなるけど、衣装(いしよう)は自分で用意しなければならない。それもブランドものの高級スーツ。衣装によけいにお金がかかるし、高校生が高級スーツなんて買っていたら、なにかおかしなことをやっているに違いないと思われて、母にすぐバレてしまう。未成年だとわかったら、店の中にも入れてもらえなくなった。
今度は路上で「一体二千円」の客引き。お客さんを一人、店に連れてきたら二千円の報酬(ほうしゆう)というわけ。マグロじゃないけど、一体、二体なんていうところがおかしい。
「きみと一緒なら行ってもいいよ」
私は店の中には入れない。
「あと三十分ぐらいしたら必ず行くから、先に入っていて」
もちろん、嘘(うそ)っぱち。強引(ごういん)に店に送り込む。
私も嘘はいっぱいついてきたけど、相手をだますような嘘はいやだった。しかも、親にも言えない。たしかにいい“商売”だったけど、それがうしろめたくて、これまた数回しかやらなかった。
私はどこでも本名を名乗っていたから、父親がだれだかすぐバレてしまう。店の人から、
「昨日(きのう)、店にあんたのオヤジが来てたぞ」
「げっ、マジ!?」
一瞬、身体(からだ)の中を電気が走った。私をからかうための冗談(じようだん)だったんだけど。
私にもっともぴったりだったのが、アイスクリーム屋さん。このときの旅費稼ぎは、ほとんどがこれだった。ハーゲンダッツの青山店。これなら堂々と親にも言える。自宅から自転車で通(かよ)えるところだったので、時給千円と割(わり)がいい夜九時くらいから十二時までの夜番をやった。
ときどき父が買いにきたのは、やはり心配して様子を見にきたのだと思う。その娘がバイトをしている本当の目的も知らないで。
私としては、そうやって少し監視されているくらいのほうが、気が落ち着いた。やましいことはしていないということを、しどろもどろで説明する必要がないから。
五万八千円のツアー代金に多少のお小遣い、旅費はたまったけど、彼と二人で行くとはやはり言えない。学校の友だちと行くと言ってやっと許可を得た。それでも両親はしぶしぶだった。
アリバイ工作に、カメラを二つ用意した。彼との二人用と、親に見せるため用。親用は、同じツアーで来た女の子と行く先々で一緒に写真を撮(と)ってもらう。それが私の“お友だち”というわけ。