娘の知恵で猿退治
昔 々むかし、伊勢いせの国くにの三重県みえけんにお爺じいさんとお婆ばあさんと娘三人むすめさんにんが住すんでいました。その娘むすめの名なは睦月むつき、如月きさらぎ、弥生やよいと言いい、三人さんにんとも、花はなも恥はじらう [1] 美人びじんです。
さて、ここから三里さんり(約やく12キロ)離はなれた山奥やまおくには、山やまの主ぬしと言いわれる大猿おおざるが住すんでいました。大猿おおざるはいつの間まにか、この娘むすめたちが好すきになりました。そして大猿おおざるは山やまから下おりて来くると、お爺じいさんとお婆ばあさんに向むかって、「三人さんにんの娘むすめさんのうち、誰だれでもよいからわしの嫁よめにくだされ、もしも嫌いやなら、その場ばで一家五人いっかごにんを食くい殺ころしてしまうぞ!」と、言いうのです。
お爺じいさんとお婆ばあさんはガタガタ [2] と震ふるえながら、仕方しかたなく、姉あねの睦月むつきを呼よんで言いいました。「睦月むつきよ、お前まえ、あの大猿おおざるのところへ嫁よめに行いってくれないかのう。」すると娘むすめは、ブルブルと震ふるえ [3] ながら、「どうか許ゆるして下ください。あんな恐おそろしい大猿おおざるの所ところへ嫁よめに行いくのだけは…」
困こまったお爺じいさんとお婆ばあさんは、次つぎに如月きさらぎを呼よび、「如月きさらぎよ、あの大猿おおざるの所ところへ嫁よめに行いかないか。」「姉上あねうえ様さまさえ怖こわくて行いけないのに、私わたしはご免めんいたします。」お爺じいさんとお婆ばあさんは仕方しかたなく、末娘すえむすめの弥生やよいを呼よんで言いいました。「弥生やよいよ、姉様二人ねえさまふたりは嫌いやだと言いっているのだが、お前まえはどうかな?」と、聞きくと、弥生やよいは言いいました。「どうぞご安心下あんしんください。嫁よめには私わたしが参まいります。」お爺じいさんとお婆ばあさんは可哀かわいそうに思おもいながらも、一家五人いっかごにんが食くわれてしまうよりはいいだろうと考かんがえ、入口いりぐちで待まっていた大猿おおざるに、「三番目さんばんめの弥生やよいをお前まえにやることにしたが、いろいろ仕度したくもあるので、五日いつかほど待まってもらいたい。五日いつかたったら迎むかえに来きて下くだされ。」と、言いいました。「よし、では五日いつかたったら来こよう。」大猿おおざるは喜よろこんで帰かえって行いきました。
五日いつか目めの朝あさ、三里さんりの山道やまみちをキーキー言いいながら大猿おおざるが来きました。綺麗きれいな花嫁衣装はなよめいしょうを着きた弥生やよいが出でると、大猿おおざるはその美うつくしさにただ見みとれるだけです。弥生やよいは大猿おおざるに愛想笑あいそわらい [4] をしながら、涙なみだを流ながす二人ふたりの姉あねに小声こごえで言いいました。「きっと帰かえって来くるから、待まっててね。」弥生やよいは大猿おおざると一緒いっしょに山やまを越こえて、川かわを渡わたり、森もりを抜ぬけましたが、なかなか大猿おおざるの家うちには着つきません。でも夜中よなかになって、やっと大猿おおざるの家いえに着つくと、大猿おおざるはニコニコ顔かおで掃除そうじをしたり、朝あさご飯はんを作つくったりしました。
やがて朝あさが来きたので、弥生やよいは大猿おおざるの作つくってくれた朝あさご飯はんを食たべながら言いいました。「私わたしは、あなたの所ところへお嫁よめに来きてとっても幸しあわせです。私わたしの喜よろこんでいる姿すがたを家うちの人ひとに見みせたいので、一緒いっしょに行いきませんか?」「ああ、いいよ。可愛かわいいお前まえのためだ。さっそく行 いくとしよう 。」と、急いそいで支度したくをする大猿おおざるに、弥生やよいが言いいました。「親おやの家いえに行いくのだから、爺じいさまと婆ばあさまの大好物だいこうぶつのお餅もちを、ひと臼搗うすついて持もって行いきたいのです。」「よし、分わかった。可愛かわいいお前まえのためだ。さっそく搗 つくとしよう 。」大猿おおざるは、ペッタン、ペッタンと、お餅もちを搗ついてくれました。
「さあ出来できた。この重箱じゅうばこに入いれていこう。」「爺じいさまと婆ばあさまは、重箱じゅうばこの匂においが嫌きらいなのです。」「そうか。では、どんぶりに入いれていこう。」「爺じいさまと婆ばあさまは、どんぶりの匂においが大嫌だいきらい。臼 うすのまま背負 せおって行 いきましょう 。」そこで大猿おおざるは臼うすを背負せおって、山道やまみちを下おりはじめました。
途中とちゅう、崖がけの上うえのほうに大おおきな美うつくしい桜さくらの木きが、今いまを盛さかりと咲さいています。「あなた じいさまと婆ばあさまは桜さくらの花はなが大好だいすきだから、一枝採ひとえだとって下くださいな。」「ああ、木登きのぼりは任まかせてくれ。」木登 きのぼりが得意 とくいな大猿 おおざるは、臼 うすを背負 せおったまま木登 きのぼりを始 はじめ、桜 さくらの枝 えだに手 てをかけると、「それではなく、もっと先 さきのを折 おって下 くださいな 。」「それなら、この枝えだか?」
「いやいや、もっと先さきのを折おって下くださいな。」「では、この枝えだではどうじゃ?」
「いやいや、もっと先さきのを折おって下ください。一番いちばんてっぺんの、あの枝えだを折おって下くださいな。」「よし、分わかった。」大猿おおざるはどんどん上うえに登のぼり、とうとうてっぺんの枝えだに手てをかけた時とき、ポキリ!足元あしもとの枝えだが折おれてしまい、大猿おおざるは重おもい臼うすを背負せおったまま谷底深たにそこぶかく真まっ逆様さかさまに落おちてしまい、臼うすの下敷したじきになって [5] 死しんでしまいました。
弥生やよいは急いそいで、お爺じいさんとお婆ばあさんと二人ふたりの姉ねえさんの待まっている家いえに帰かえりました。皆みんなは手てに手てを取とって大喜おおよろこびで、元もとのように仲なかよく暮くらしたという事ことです。
[1] 「花も恥らう」,闭月羞花(的美貌)。
[2] 「ガタガタ」,副词。喀哒喀哒,咕咚咕咚。
[3] 「ブルブルと震える」,哆嗦,发抖。
[4] 「愛想笑」,名词。讨好的笑,谄笑。
[5] 「下敷きになる」,被压在底下。
智斗巨猿的女孩
从 前,在伊势国的三重县住着一位老爷爷、一位老奶奶和三个女儿。女儿的名字分别为睦月、如月和弥生,她们三个都是闭月羞花的美人。
而在距此地三里(约12千米)的深山里,则住着一个传说是山大王的巨猿。巨猿不知道从什么时候开始喜欢上了这几个女孩,于是便下山来找老爷爷和老奶奶,对他们说:“从你们这三个女儿中挑一位嫁给我吧。要不然,我就当场吃了你们一家五口。”
老爷爷和老奶奶吓得哆哆嗦嗦,无奈把姐姐睦月叫来说:“睦月,你能为我们去嫁给巨猿吗?”大女儿一听吓得颤抖地说:“请你们饶了我吧。别把我嫁给那么可怕的巨猿……”
苦恼的老爷爷和老奶奶只好喊来如月问:“如月,你能为我们去嫁给巨猿吗?”“连姐姐都害怕得不能去,我就更加不行了。”如月答道。
老爷爷和老奶奶只好把小女儿弥生叫过来问道:“弥生呀,你的两位姐姐都不愿意,你怎样呢?”“请放心吧,我去嫁给他。”弥生回答道。
老爷爷和老奶奶虽然觉得弥生很可怜,但想想至少比一家五口都被巨猿吃掉要好,便对正等在门口的巨猿说:“我们已决定把排行老三的弥生嫁给你。因为要做许多准备,所以拜托你等五天左右,五天过后请你前来迎亲吧。”“好吧。那么五天后我再来。”巨猿说完就欢喜地回去了。
第五天的早晨,巨猿一路“叽叽”地又蹦又跳地穿过三里的山路来到老爷爷和老奶奶家。穿着漂亮嫁衣的弥生一出来,巨猿便对她的美貌看得入迷了。弥生一边对巨猿微笑,一边小声地对落泪的两个姐姐说:“我一定会回来的。等我哦。”说完就离开了家。
弥生和巨猿一起翻过一座山,淌过一条河,又穿过了森林。走啊走啊,但还没到达巨猿的家。到了半夜,终于到达了巨猿家。一到家,巨猿就笑嘻嘻地打扫卫生,又忙着做早饭。
终于到了早晨,弥生一边吃着巨猿为她做的早饭一边说:“我呀,能嫁到你这儿真幸福。我想让家里人看看我高兴的样子,你跟我一起回去好吗?”“啊,好呀。为了这么可爱的你,那就马上回去吧。”巨猿满心欢喜地回答道。弥生又对急忙做准备的巨猿说:“既然回家的话,我想捣一臼父母亲最喜欢的年糕拿回去。”“好的。我知道了。为了可爱的你,我马上去捣。”巨猿说着就“啪嗒啪嗒”地为弥生捣年糕。
“哎呀!做好了。把年糕放在这个套盒里面吧?”巨猿问。弥生说:“我父母亲不太喜欢这个套盒的味道。”
“是这样啊。那么,就放进大碗里面去吧?”巨猿又问。弥生说:“我父母非常讨厌大碗的味道。你就这样背着石臼去吧。”于是巨猿就背着石臼,开始往山下走去。
途中,悬崖上方有一棵美丽的樱花树,正鲜花怒放。“老公。我父母最喜欢樱花了,请你摘一枝吧。”弥生说。“好啊!爬树的活儿就交给我吧。”巨猿轻快地答应了。他很擅长爬树,就这样背着石臼开始往上爬,好不容易够到樱花的树枝时,只听见弥生在树下喊:“不是那个,请再往前一点儿。”“嗯?是这枝吗?”巨猿问。
“不!不是。请再往前一点儿。”弥生在喊。“那这枝怎样呢?”巨猿又问。
“不!不行。请再往前一点儿。请你摘最前面的那一支花吧。”弥生不满意地说道。“好吧。
我知道了。”巨猿又继续往上爬,终于够到了最顶端的那枝花。这时,只听见“嘎巴!”一声,脚下踩的树枝折断了,巨猿就这样背着那沉甸甸的石臼头朝下跌落到深深的谷底,被石臼压死了。
弥生急忙赶回家,家中的老爷爷、老奶奶和两位姐姐正期盼着她的归来。大家高兴地拉起手,他们又过上了以往那其乐融融的生活。
语法详解
(1)用言の終止形+とする
表示看法。相当于“认为……”“看做……”
* 彼は学生として許すべからざる行為を行ったとして退学させられた。
认为他有作为学生所不允许的行为,因此被退学了。
* 酔ったうえでの失言だとして、彼の責任は問われないこととなった。
认为他是酒后失言,所以决定不追究他的责任。
* 裁判長は過失は被告側にあるとして、被害者に賠償金を払うよう命じた。
裁判长认定过失在被告一方,命令被告向受害者支付赔偿。
(2)用言の連体形+まま
表示持续的状态。相当于“……着”。也用「…ままで」的形式。
* 暑いのでドアはあけたままにしておいてください。
太热了,门就这么开着吧。
* スト一ブを消さないまま学校に来てしまった。
没关炉子就来了学校。
* 年をとっても、綺麗なままでいたい。
虽然上了年纪,但还想保持漂亮。
小知识
重箱
二重から五重に積み重ねられた、料理を入れる箱である。四季を表す四重が正式とされる。室町時代の文献の中に既に記述が見られ、一般庶民に普及したのは江戸時代である。武家や大名のもとでは、漆塗や蒔絵の豪華なものも作られた。美術品としては尾形光琳の「蒔絵梅椿若松図重箱」などが有名。最近はポリプロピレンなどの新素材による弁当箱が普及し、目にする機会は次第に少なくなってきている。「重箱の隅を楊子で穿くる。」などの諺がある。「重箱読み」は、語の前半を音として、後半を訓として読む「重箱」のような熟語の変則的な読み方のである。
套盒
由两层到五层套盒叠套而成的、用于装饭菜的盒子。一般为四层,用于代表四季。室町时代的文献中已经出现关于套盒的记载,而普及到一般民众则是在江户时代。武士及大名等贵族阶层还制作出涂漆或者泥金画的豪华套盒。尾行光琳制作的“泥金梅椿青松图套盒”作为美术品而闻名于世。最近,由于聚丙烯等新型材料制作的饭盒的普及,套盒已越来越少见了。日语中有“吹毛求疵”等关于套盒的谚语。“音训读法”则是指一个词前半部为音读,而后半部为训读的类似“重箱”的不符合规则的读法。