そんな、ある日、学校の帰り、駅の近くの電信柱に、ポスターが、ななめに貼《は》ってあるのを、トットは見つけた。
�人形劇「雪の女王」公演。銀座・交詢社《こうじゆんしや》ホール�
「人形劇って、どんなものかな?」
想像しても、わからなかった。それまで人形劇というものを見たこともなかったし、話にも聞いたことがなかった。
ほんの偶然《ぐうぜん》から見たこのポスターが、NHKの新聞広告につながってくるなどとは、思いもつかないことだった。当時、トットの住んでいた洗足池《せんぞくいけ》の自分の家のあたりから、銀座に行く、ということは、かなり大変なことだった。銀座は、若い女の子が、あまり一人で行くようなところではなかった。でも、なんとなく気をひかれて、ある日曜日の昼間、トットは、一人で、その交詢社ホールというところに出かけて行った。ホールは、子供で、いっぱいだった。気持のいい音楽が始まると、少しふとった元気のいいお姉さんが、両手にそれぞれ、男の子と女の子の人形をはめて登場し、おじぎをしてから、体をステージの下に沈《しず》めた。ステージの上には、お人形だけが残った。そして、始まった。トットは、少し椅子《いす》から体をずらして、ステージの下にもぐってるお姉さんを、横から、のぞいて見た。お姉さんは、ひざをついて、両手のお人形を動かしていた。手をいっぱいに、のばして。そして、子供の声みたいのを出して歌ったり、しゃべったりしていた。そして、ステージのはじからはじまで走ったり、とびはねたりした。汗《あせ》びっしょりになって。一瞬《いつしゆん》たりとも、休まなかった。見てる子供たちは、好奇心《こうきしん》まる出しの、あどけない顔で身をのり出し、笑ったり拍手《はくしゆ》をしたりした。クライマックスに近づき、雪の女王が、主役の男の子のカイと、女の子のゲルダに、恐《おそ》ろしいことを命令したときは、シーンとなって、「かわいそう」とか口々にいった。このとき、トットは不思議な感動に、おそわれた。トスカの映画を見たときとも、また小学生のとき見て、バレリーナになろうと決心した「白鳥の湖」を見たときとも、全く違《ちが》った……、なにか、やさしいもので満たされていた。昔《むかし》から知ってる友達《ともだち》といるような、なつかしさすら感じていた。と同時に、生まれて初めて見た、この�人形劇�というものにも、ショックを受けていた。大拍手のうちに、人形劇は終った。新橋の駅まで歩きながら、トットは考えた。
(もし、ああいうことが、私にも出来たら。沢山《たくさん》のお客さんに見せる人にはなれないけど、自分の子供に見せられたら……)
いつの間にか、職業婦人になる、という夢《ゆめ》は遠いものになり、結婚《けつこん》ということが、妙《みよう》に身近になってきていた。
(結婚すれば、子供が生まれる。掃除《そうじ》、洗濯《せんたく》、お料理、これは、みんな、お母さんならやれる。でも人形劇の出来るお母さんは、そうはいないんじゃないかな)トットは家に帰る道を歩きながら、いろいろ想像した。
(人形劇ほど、むずかしくなくても、子供が寝《ね》つくまで、枕元《まくらもと》で、上手に絵本や童話を読んでやれるお母さんになろう! そうしたら、きっと、子供も尊敬してくれるに違いない!)
結婚の相手は、全く見当もつかなかった。だのに、ベッドに入って、ふとんから首を出してる子供の姿が。しかも、何人もの姿が、はっきり見えるようだった。自分の拡《ひろ》げる絵本に期待してる子供の息づかいが感じられるようにさえ、思った。
この日の人形劇「雪の女王」の音楽が、芥川也寸志《あくたがわやすし》という人の作曲であり、男性四人のコーラスが、まだ、プロになる前の、ダーク・ダックスだったなどとは、知るはずもなかった。でも、この人形劇を見たことが、トットの人生を決める、一つのきっかけになったことは、間違いなかった。
家に帰ってから、トットは、人形劇をやってたお姉さんが、どんなに一生懸命《いつしようけんめい》にやってたか、とか、子供がとても喜んでいた、とかを、ママに報告した。そしてママに聞いた。
「どっかに絵本を上手に読むこと、教えてくれるところか、人形劇のやりかた、教えてくれるとこって、ないかなあ?」
同級生の就職に刺戟《しげき》され、何か仕事はないかと拡げた新聞に、NHKの広告が出ているのを見つけ、(NHKなら、いいお母さんになるやりかた、教えてくれるかも知れない)と、トットが考えたのは、人形劇を見てから、ちょっとしか経《た》っていない、冬の午後だった。