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クライマーズ・ハイ33

时间: 2018-10-19    进入日语论坛
核心提示:     33「3301番」は沈黙していた。 編集局員用として部屋の中央右寄りに置かれた机の電話だ。悠木は腕を組み、脚も組
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      33
 
「3301番」は沈黙していた。
 編集局員用として部屋の中央右寄りに置かれた机の電話だ。悠木は腕を組み、脚も組んでいた。周りを二十人ほどの人間が幾重にも取り囲んでいる。人いきれで、その辺りだけ室温が違っていそうだった。
 午前一時十五分……。
 悠木は席を立った。デッドまであと十五分。ジッとしているのがたまらなかった。胸が焼けるように熱く、今にも大声を張り上げてしまいそうだった。
 佐山はどうした。
 憤怒とも悲鳴ともつかぬその言葉を、幾度、裡に向けて発したろう。
 悠木は壁際のクーラーに向かって歩いた。目は壁の時計から離せなかった。一時十六分……十七分……。
 等々力部長がスチール椅子に腰掛けていた。眼鏡を外している。露《あらわ》になった両眼は、腕時計の針に注がれたまま動かない。
 粕谷局長と追村次長の姿はない。まだ外の廊下で伊東販売局長らとやりあっているようだ。微かにその声が耳に届いてくる。
 悠木は壁の時計から目を逸らし、等々力を見た。
「家族待機所の五百部はどうなります?」
 等々力は目線を上げて言った。
「帰りに落とさせればいい。配る手間はいらないんだ。朝刊の役目は十分果たすだろう」
 等々力は腕時計に目を戻し、悠木は壁の時計に顔を向けた。
 一時十九分……二十分……。
 明日送りだ。仕切り直しをして、明日、もう一度勝負を掛ければいい。
 二十二分……二十三分……。
 まじないはきかなかった。諦めた時に思わぬ幸運が転がり込む。一線で事件をやっていた頃、そんなことがよくあった。
 唇の端に自嘲の笑みが浮かび、だが、瞬時に消え失せた。
 電話のベルがそうさせた。
 悠木は振り向いた。「3301番」を取り囲んでいる全員が悠木を見ていた。誰も受話器を上げようとしない。
 悠木は走った。ひったくるようにして受話器を取った。
〈佐山です〉
 静かな声だった。
〈藤浪鼎に当てました〉
「結果は?」
〈サツ官ならイエスです〉
 悠木は唸った。
 首席調査官の藤浪に「隔壁」をぶつけ、佐山は「イエス」の感触を得た。しかし、藤浪がはっきりと隔壁破壊が事故原因だと認めたのではないということだ。口ぶり。表情。態度。そうしたものから読み取った。藤浪はかなりのいい反応を示したのだ。ポーカーフェイスがお家芸の警察官が同じ反応を見せたのだとすれば「間違いなくイエス」。佐山はそう言っている。だが、相手は初対面の人間だ。事故調という特殊な役職にもある。平素、どんな時にどのような反応を見せる人間なのか、ベースとなる対象資料がない。だから限りなく「イエス」に近いと感じつつも、佐山の胸には排除困難な幾ばくかの不安があるのだ。
 悠木は椅子に腰を下ろし、べったりと汗の張りついた受話器を握り直した。
「百パーセントではない、ってことだな?」
〈ええ〉
「他には?」
〈毎日が動いているようです〉
「わかった」
 他社が動いている。それは、自分の持ちネタを是が非でも紙面にねじ込みたい時に記者が口にする常套句だ。普通なら話半分に聞く。だが、佐山の口ぶりに、気負いや焦燥の濁りは微塵もなかった。毎日新聞も「隔壁」を嗅ぎつけている可能性があるということだ。
 一時二十六分……二十七分……。
 静寂。言葉を発する者はいない。
 打てるか?
 悠木は自問を続けていた。
 おそらくは「当たり」だ。これほどのチャンスを逃す手はない。万一、「隔壁破裂」が事故原因でなかったとしても、現時点で事故調がそうみていることはほぼ間違いないのだ。当てずっぽうで書く「飛ばし」には該《あた》らない。明らかに「書き得」の部類だ。見出しや記事の表現も「有力」に抑え、断定はしていない。大丈夫だ。打てる。
 だが……。決断を下したはずの心がぐらりと傾いた。
 死者五百二十人。
 単独機事故としては世界最大の惨事。
 この記事は世界中を駆け巡る。こんな簡単に事故原因を決めつけてしまっていいものか。取材した記者も、デスクも、ここにいる編集スタッフ全員が確信を持てぬまま紙面化する。果してそれでいいのか。最終的に事故原因が判明するのは一年後か、三年後か。もし間違っていたなら、その長い年月、北関が発信した「虚報」が実《まこと》しやかに流れ続けることになるのだ。
 だからどうした?
 何を恐れることがある。外れる可能性は極めて低いのだ。みすみす逃してたまるか。佐山や玉置だけではない。日航全権デスクとして指揮を執った悠木の名もまた、この大スクープとともに北関の歴史に深く刻まれるのだ。
 時計を見た。分針は真下を向いていた。デッド。
 打つ──。
 悠木は勢いよく立ち上がった。
 カチャ、と床で音がした。
 鍵だった。藤岡・多野コースのトラックの鍵だ。立ち上がった拍子にポケットから落ちたのだ。
 悠木は狼狽した。それがなぜだかわからないまま、今度は膝が震え出した。
 輪転機を止めろ。用意してあった台詞が喉元にある。いや、それはもう喉元から口蓋に溢れ出ていた。だが──。
 そのひと言がどうしても出てこなかった。
「悠木、やるんだな!」
 岸が叫んだ。
 皆が口々に叫んだ。
「やろう!」
「やりましょう! 世界に向けて!」
 悠木は動けなかった。靴の先が、トラックの鍵に触れていた。
「5号車」は藤岡・多野コースへ向かう。
 遺族が読む。
 この朝刊は、藤岡の家族待機所で多くの遺族が読む。
 悠木は天井を仰いだ。
〈ありがと……ございます……。〉
 幼い息子の手を引いた、あの母親の姿が瞼に蘇っていた。
 遺族だ。真実を知りたがっているのは「世界」ではなく、遺族だった。肉親を奪われた遺族は一刻も早く事故原因を知りたがっている。父は、母は、子供たちは──なぜ御巣鷹山で死なねばならなかったのか。
 確信の持てない事故原因……。
 床に目が落ちた。
 そこに奈落を見た気がした。
 悠木は屈み、床の鍵を拾った。強く握り締め、歩き出した。
「おい、どこへ行く……? 悠木、ちょっと待て!」
 岸の手を振り払った。人垣を押し退け、突っ切った。等々力に呼ばれた。応えずドアへ向かった。鍵を開け、廊下に出た。
 多くの目が一斉に悠木に向いた。伊東の血走った眼光もその中にあった。
 悠木は、「5号車」の鍵を伊東に差し出した。
「騒がせてすみませんでした。明日、始末書を書きます」
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