蟹とか蝦《えび》とかは、その文字からして薄気味わるい。どちらも、その文字の形のなかに「虫」というのが入っている。
二つとも、人間が掴《つか》めるくらいの大きさだからまだ無難であるが、象くらいの大きさだったら、見ただけで恐怖を感じるにちがいない。
虎というのは、とてもコワイものだ、と親から何度も話を聞かされていた子供がいた。
恐ろしい、というだけで、その姿かたちは絵でも見たことがなかった。
そういう子供が、ある日、生きているエビを見て、
「あっ、トラだ」
と、叫んだ、という話がある。たしかに、エビやカニの類の形態には、そのくらいの実力はある。トラなどは、縮小すればネコになってしまう。
故・三島由紀夫が、自分が生れてきたときの光景を見たといって、『仮面の告白』という作品のなかで描いてみせたことは有名である。胎内から出て、産湯をつかわされたときのタライの縁を見た、と彼は書く。『下《おろ》したての爽やかな木肌の盥《たらい》で……』と書きはじめるが、これで、もういけない。こういうウソの場合、「盥」というような名前を使ってはいけない。名前を教えられるまでは、トラかエビか区別がつかないのが本当なのである。しかし、あれだけ明敏な人が、どうしてこんなに単純なところで躓《つまず》いたのか、かえって不可解である。
話がそれたが、トラとエビの話は、友人の石浜恒夫に聞いたものである。
彼は長いあいだ、エビが原因のアレルギーに苦しめられていたので、とくにその話を読むか聞くかしたとき身にしみたとおもう。
石浜のエビ・カニのアレルギーはかなりなもので、たとえばラーメンを食べて発作を起す。エビの入っていないソバなのに、と確かめてみると、ダシに干しエビが入っていた、という按配である。
カニの肉片を直接唇の上に載せたりしようものなら、みるみるうちに大きく脹れ上ってしまう。
そのうち、その症状がノイローゼ性になってきた。たとえば、夜汽車でとなりの男の席の下でガサゴソ音がする。なにごとかと気にしている石浜に気づいたとなりの男が、席の下から竹の籠を引出して、
「ここには、松葉ガニが入っていましてね……」
と、そのカニのうまさについて長々と解説をしはじめた。それだけで、もう大分気分がおかしくなっている。
そのうち、その男が、
「なにか曖昧《あいまい》な顔をしているけど、疑うのならいまここで食べてみますか」
と、その竹の籠を膝《ひざ》の上に乗せ、紐《ひも》をほどこうとする。ガサゴソとカニの動く音がする。石浜は、あわや発作を起しかけた、という。
もう十数年昔の話である。私が同病者だというので、大阪在住の石浜が、そういう報告をしばしば手紙に書いてくる。そのうち、私もエビにたいしてノイローゼ的になり、発作を起すオソレが出てきた。
当時、三浦朱門・曾野綾子の結婚式がおこなわれ、石浜も私も出席した。
フルコースの料理が出されはじめ、ボーイが肩に乗せるようにして運ぶ大きな銀盆の上に、ずらりと伊勢エビが並んでいた。
その大きなエビが、それぞれの皿に取り分けられるのだが、石浜と私の皿だけには舌ビラメの料理が出された。
花ムコの配慮で、ありがたいのだが、周囲は奇異な眼で私たちを眺めている。