「山には山姥というおそろしい化け物が出るんじゃ。もし山姥が出たらこの三枚のお札に助けてもらいなさい」
そう言って、和尚さんは三枚のお札をわたし、小坊主を送り出しました。
お寺で修行しているといっても小さな子供ですから、外に出て遊びたいものです。鳥の声をきいたり、小川で水遊びをしながらむちゅうでクリを集めます。気がつくとあたりがすっかり暗くなっていました。
しかも道を間違えたのか、どんどん山奥に入っていきます。
「困ったなぁ。これじゃ夜までにもどれない。和尚さんに怒られちゃうよ」
見ると、山小屋がぽつんと建っています。小坊主は助けを求めて、扉を叩きます。
中には一人のおばあさんが糸車を回していました。
「そうかい、こんな山奥を夜中に歩くなんてあぶないよ。今夜はゆっくり寝て、明日の朝でかけるといい」
と言って小坊主を囲炉裏端に座らせます。昼間の疲れが出たのか、小坊主はうつらうつらと眠ってしまいます。
夜中、目がさめると、しゅっしゅっと鋭い音がします。おばあさんが、炉辺で刃物を研いでいるようです。月明かりに照らされたその横顔を見て、小坊主はビックリしました。
口は耳のあたりまで裂け、鋭いキバが突き出しています。目は人間とはかけはなれており、するどい光を放っています。その姿が月明かりに照らされて、部屋いっぱいに恐ろしい影を落としています。
小坊主はこれが和尚さんの言っていた山姥だと思い当たります。これは大変だ、逃げようと焦るところに、
ガタッ!
足を戸だなにひっかけて音を立ててしまいました。
「なんじゃっ!?」
小坊主はあわててごまかします。
「おばあさん、小便にいきてえ」
「なに!小便。面倒なやつじゃ」
山姥は小坊主を縄でぐるぐる巻きにして、厠に連れていきます。
「逃げようなんて思うなよ。逃げたらすぐガブッと食ってやるんじゃから」
小坊主は厠の中で生きた心地もしません。そういえぱ和尚さんがくれた三枚のお札がありました。その一枚を取り出して、
「お札さま、身代わりになってください」
と柱にペタンと貼ります。
そして縄をほどいて柱にくくりつけ、自分は厠の窓から逃げます。
しばらくして山姥がたずねます。
「まだ終わらんのか!」
小坊主の代わりにお札が答えます。
「まだ、もうちょっとです」
しばらくしてまた山姥が尋ねます。
「まだ終わらんのか!」
これもお札が答えます。
「まだ、もうちょっと」
しばらくしてまた山姥が尋ねます。
「まだ終わらんのか!」
これもお札が答えます。
「まだ、もうちょっと」
とうとう頭に来た山姥は
「えーい、めんどくさい」
厠の扉を蹴破って中に入ります。すると小坊主の姿はなく、綱の先は柱に結びつけられていました。
「だましたな!」
山姥は怒り狂って小坊主を追いかけます。
山姥がすごい勢いで迫ってくるので、小坊主は2枚目のお札を出して
「大水になれ」とさけびます。
するとざあぁーーっとものすごい水が押し寄せて、山姥を飲み込みます。でも山姥も負けてません。口を思いっきり開けて、その水をガブガブと飲み干してしまいました。
また山姥が追ってくるので、小坊主は3枚目のお札を出して
「火になれ」とさけびます。
するとゴォーッとすごい火が押し寄せて、山姥を焼き殺そうとします。でも山姥も負けてません。ブーッとさっき飲んだ水を吐き出し、その火を消し止めてしまいました。
小坊主が必死に逃げていくと、お札の導きでもあったのでしょうか、住んでいた寺にたどり着きます。
小坊主はむちゅうでかけこみます。
「和尚さん助けて、山姥が追ってきます!」
「あれほど山姥には気をつけろとゆうたのに…。仕方のないやつじゃ、まあええわ。おまえちょっと隠れとれ」
そこへドシンドシンと山姥が入ってきます。
「やい和尚。ここに小坊主が逃げ込んだじゃろう。かばうとお前も食ってまうぞ」
「こら噂に聞く山姥か。お前さんの話は、よう聞いとるで。有名じゃ」
「なに、わしが有名?」
「ああ、有名も有名。見事な妖術の使い手やゆうてな。うちの小坊主たちも、山姥カッコええ、もうたまらんなあてほめまくっとるで」
「え、わしてそんな人気あるの?」
「人気も人気。大変や人気や。わしもお前さんに会えて嬉しい。どうじゃ、一つ自慢の術を見せてくれんか。お前さんは山のように大きくなれるちゅう話じゃが?」
「ふん、めんどくさいのう…。じゃが、まあ、 そこまで言うなら、やってやらんことも無いがの」
山姥はヌーーッと大きくなって、お寺の天井をズガーンと突き破ってしまいました。
「おお、見事なものじゃ。いや、これほどの術を見たのは初めてじゃ。長生きはするもんじゃのう。じゃが…」
「じゃが…なんじゃ?」
「なんぼお前さんの術がスゴイゆうても、大きくなることはできても 小さくなることは難しいんじゃろうなあ」
「なーにを言うかと思えば。大きくなれるもんが小さくなれんことが あるかい。よう見とれい」
鬼はニュニュニュニュニューと縮んで、人間の子供くらいになります。
「なんちゅう見事な術じゃ。ホレボレするなぁ。もっとぐっと、そうそうニュニューと縮んで縮んで」
山姥は得意になってさらに縮み、子猫くらいの大きさになりました。
「たまらんなぁ。最高の縮みっぷりやで。こら後々まで話のタネになるわ。さあさあ、もっと縮んで縮んでニュニューとニュニューと」
山姥は得意になって縮みまくり、豆粒ほどの大きさになりました。
和尚さんはその豆粒ほどの山姥をひょいとつまみあげて、モチにはさんで食べてしまいました