正直で働き者のおじいさんとおばあさんがありました。
「それじゃあばあさん、今日も行ってくるよ」
「気を付けて行ってきなせえ。
ほれ、お昼のおにぎりを持っていってください」
その日もおじいさんは山へ芝刈りに行くので
おばあさんにオニギリを握ってもらいました。
「さあて、今日も仕事に精を出すかのう」
おじいさんは時の流れも忘れ、いっしょうけんめい働きました。
とても仕事好きのおじいさんなのです。
気がつくと太陽はすっかり真上にのぼっています。
お昼です。
「そろそろ、昼にするかあ。
ばあさんの作ってくれた握り飯は、うまいからのう」
おじいさんがオニギリを取り出そうとしたその時、するっと
手が滑ってしまい、
「ああっ」
オニギリはころりん、ころりんと転がっていきます。
「待て待て」
慌てて追いかけるおじいさん。
オニギリはころりん、ころりんと転がり、
ころりん、ころりんと転がり、
地面にあいた穴の中にすとーんと、ととびこんでしまいます。
「こまったのう。せっかくばあさんが握ってくれたのに」
おじいさんが穴の中を覗き込むと、
中はずいぶん広く斜めにどこまでも穴がのびています。
むちゅうになって覗き込むおじいさん。その時。
「あれっ」
足をふみはずし、
「うわーー」
おじいさんは長い穴をズザーとすべりおちていきました。
気がつくと、まわりがずいぶん明るいです。
はっと見ると、立派なお屋敷があり、うぐいすが鳴き、
梅桃桜が季節構わず咲き乱れています。
たいへん目出度く、華やかな感じです。
お屋敷の中から白いネズミが出てきて、
おじいさんに言います。
「おじいさん、どうぞ中へ」
おじいさんは立派な座敷に通されます。
すこへお父さんねずみが出てきて、丁寧にお礼を言います。
「このたびはおいしいオニギリをありがとうございました。
えっ?お昼のお弁当だったんですか。それは悪いことをしましたね」
「いやいや、こんなに喜んでくれてワシも嬉しいです。
むしろ全部食べてほしい。食べてください」
おじいさんは景気よく残りのオニギリを並べます。
ネズミたちはチュウチュウと大喜び。
一家揃っておじいさんにお礼をいいます。
赤ちゃんねずみはおじいさんの頭に駆け上がって、
ぴょんぴょんと飛び跳ねました。
「こんなに良くしてもらって感謝の言葉もありません。
お礼にモチつき踊りを楽しんでいってください」
ネズミの餅つきなんて聞いたことありません。
おじいさんがワクワクして待っていると、
たくさんの石うすが運び込まれ、
たすきを巻いた若いネズミたちがズラッと並び、
ぺったんぺったん餅つきが始まります。
「ぺったんぺったん、ねずみのもちつき
ねこがこなけりゃ せんねんまんねん」
歌がはじまり、料理やお酒が並べられます。
ねずみのもちつきは実にうまいもので、
一匹がモチをこねると一匹が杵(きね)をふりおろし、
ぺったん、一匹がモチをこねると一匹が杵(きね)をふりおろし、
またぺったん。それに合わせて
「ぺったんぺったん、ねずみのもちつき
ねこがこなけりゃ せんねんまんねん」
と歌うのですから、その可愛さ、面白さはたまりません。
おじいさんも思わず
「ぺったんぺったん、ねずみのもちつき
ねこがこなけりゃ せんねんまんねん」
と、一緒になって歌い出し、
宴会はたいへんに盛り上がりました。
「いやあ、楽しかった。
ほんとうによい時間が過ごせました」
「ご満足いただけましたか。
よかった。では、おみやげを持っていってください」
「ええっ、こんなにしていただいた上に、
おみやげまで!いいんですか?」
「どうぞどうぞ、そんな遠慮なんてしないで」
そう言って、ねずみたちはつづらをくれました。
ズッシリと重いです。
いかにもいいものが入っている感じで、
かついでいるだけで、わくわくします。
「では私のしっぽをつかんでください」
「え?こうですか。わ、わわ、わーーっ」
おじいさんが言われるままにねずみのしっぽを
つかむと、すーーーっと穴を通り抜け、地上に戻り、
見ると、自分の家の真ん前でした。
おじいさんはおばあさんにわけを話します。
つづらを開くと、大判小判がざくざくと出てきました。
「ありがいたいこっちゃ。ありがたいこっちゃ」
こうしておじいさんとおばあさんは、
ねずみがくれた大判小判のおかげで
何不自由無い暮らしができるようになりました。
そんなある日、隣にすむ意地悪でひねくれ者のおばあさんが
訪ねてきます。
「もし、火種を貸してほしんじゃがの。
貧乏人同士、助け合わないといけませんがな。
困った時はお互いさまと、言いますからな」
「はいはい、何ですか」
からら。
「ほへっ!!」
意地悪でひねくれ者のおばあさんは、びっくりします。
ばあさんもじいさんも、高そうな着物を着て、肌もツヤツヤ
しているのです。自分たちと同じ貧乏暮らしだったのに!
ひょいと肩越しに家の中をのぞくと、
おいしそうな御馳走が並んでいます。
「こ、これは…どうしたことです!?」
正直で働き者のおじいさんは、意地悪でひねくれ者の
おばあさんに、わけを話します。
「ねずみの穴に招かれて、おいしい料理や
ねずみのもちつき。その上、おみやげまで
持たせてくれたんです。いやあ生き物は大切にすべきですね」
「た、たた、たいへん!!」
意地悪でひねくれ者のおばあさんは、
話を最後まで聞くことなく、ぴゅんと家に飛んで戻り、
おじいさんに今きいたことを話します。
このおじいさんも意地悪で、ひねくれ者で、
怠け者で、もうどうしようもないおじいさんでした。
「なにい。ねずみのおみやげ!
それはいい。わしも、マネしよう」
「そうですとも。私たちも
ようやく貧乏暮らしとおさらばできるんです」
「ばあさん、今すぐおにぎりを握るんだ。
うんとでかいのを、こう、ぎゅうぎゅうに、握り固めてな」
おにぎりはあまり握り固めると、うま味が無くなりますが、
そんなことはお構いなく、ぎゅうぎゅうに握り固めて、
意地悪でひねくれ者のおじいさんは、おにぎりを持って
山にすっ飛んでいきました。
そして芝刈りをしました。
もちろんじいさんは仕事が大嫌いなので、
形ばかりでまじめにやりません。
昼頃になってお腹がすいてくると、
ちょろろっと、ねずみの姿が見えました。
「しめたっ!!」
がっとねずみをひっつかまえて、
「くらえ!!」
ガボとオニギリを、無理やりに、ねずみの口に
押し込むと、
ちゅう、ちゅう、
嫌がって逃げようとする鼠を
しかし、じいさんは逃がさず、
がしっと鼠のしっぽを捕まえると、ちゅんちゅんと
ねずみは走っていき、穴に入り、どこまでも穴の中を進み、
ねずみの国にたどりつきました。
「ほほう、ここがねずみの国か」
立派なお屋敷があり、うぐいすが鳴き、
梅桃桜が季節構わず咲き乱れています。
たいへん目出度く、華やかな感じです。
「おや…」
見ると、お父さん鼠、お母さん鼠が、子供の鼠数匹を
かくまうように、ガタガタ震えています。
じいさんを怖がっている様子でした。
「何をしとるか。早く料理の用意!!」
「はいっ」
「酒!」
「今すぐ」
「もちつき音頭をやれ!」
「やります」
おじいさんはわがまま放題に命令します。
実に、えらそうな態度です。
ねずみたちは仕方なく、もちつきを始めます。
「ぺったんぺったん、ねずみのもちつき
ねこがこなけりゃ せんねんまんねん」
聴きながら、おじいさんは思いました。
「『ねこがこなけりゃ せんねんまんねん』…
ははーん、こいつら、猫が嫌いなのか。
じゃあ、猫の鳴きまねしたら、どうなるかな。
ぱあっといなくなって、わしはそのスキに
お屋敷じゅうの宝という宝をかっさらって、
大金持ちになれるぞ。ようし…」
「にゃあごーーーーーー」
するとねずみたちは、
「ね、ねねね、猫だ」
「きゃああ猫、猫」
「猫いやーーーーん」
ぴゅん、ぴゅん、ぴゅん、ぴゅん。
あちこちに、逃げ散ってしまい、
おじいさんは、広いお屋敷に
ただ一人残されました。
「ぐしししし。大成功」
そこでおじいさんは屋敷じゅうの宝という宝を集めて
つづらに詰め込みます。
これから始まる贅沢な暮らしが頭の中をよぎり、
おもわずニヤケ顔になります。
しかし、
「出口はこのあたりだったか。…違うか。
確かこのあたりに…あれ、無かったか。
こっちかな。…ここも行き止まりか。
まいったな。どこへ行っても、出口が無いじゃないか!!」
出口を探して、あちらへ、こちらへ、
地下をさまよっている内に、
とうとう、おじいさんは
もぐらになってしまいました。
今日も、もぐらのおじいさんは地下のどこかで
出口を探して駆けずり回っていることでしょう。
おしまい。