ある正月の事、この酒屋の店先に見慣れないおじいさんが立っていて、酒屋をじっとながめていましたが、そのうちに大きく頷くと、店の中へと入っていきました。
「すまんが、酒を一升くれんか」
「はい、ただいま」
店の小僧が、一升徳利を差し出すと、
「おお、これこれ、いい香りじゃ」
と、おじいさんはそのお酒を、ゴクリゴクリと一気に飲み干しました。
そしておじいさんは、満足そうに目を細めると、
「ごちそうさん。うまい酒であった」
と、そのまま店を出て行きました。
そしてしばらくしてから、おじいさんに酒代をもらうのを忘れた事を気づいた小僧が、あやまりながら店の主人にこの話をすると、主人は笑いながら小僧を許してくれました。
「よいよい、正月早々、楽しい話ではないか。それにしても、そんなにうまそうな飲み方をするお方なら、わしも会ってみたいのう」
さて、あのおじいさんが来てからその酒屋はいつもの年よりも繁盛して、また次の正月を迎えました。
するとまた、あの時のおじいさんがやって来て、今度はこう言ったのです。
「すまんが、酒を二升くれんか」
すると小僧は、去年の正月に主人から言われた事を思い出して、
「あの、旦那さまが会いたがっていたから、奥へ上ってください」
と、言うと、おじいさんは雪靴をはいたまま、奥へと上がっていきました。
主人はそれを見ても気にせず、小僧に酒を二升持って来させました。
するとおじいさんは、その二升の酒をおいしそうに、ゴクリゴクリと飲み干しました。
その飲みっぷりがとても見事だったので、主人はほれぼれとしながら尋ねました。
「今日は、酒屋をやっていてよかったと、つくづく感じ入らせてもらいました。あなたほどの飲み手には、初めてお目にかかりました。ところで、あなたさまはどこのどなたさまでございますか?」
するとおじいさんはにっこり笑って、
「わしか? わしは福の・・・。いやいや、それよりも酒を馳走になった礼に、一つ良い事を教えてやろう。この十三日の日に酒樽を三つ、店の前に出しておいてくれんか。そうすれば店は七代栄えるであろう」
と、言うと帰って行きました。
さてその十三日の朝、主人はおじいさんの言葉通りに、店先に酒樽を三つ出しておきました。
すると、さっき出したばかりの酒樽が、気がつくとみんな空っぽになっていたそうです。
そしてそれからも酒屋は繁盛して、おじいさんの言葉通り、そのまま七代栄えたという事です。