ある日の事、旅の途中の弘法大師がこの地を訪れて、一人の老婆に水を頼みました。
「すみません。長旅でのどが渇いて困っております。どうか水を、めぐんで頂けないでしょうか?」
すると老婆は、にっこり笑って、
「はい。それではこれをどうぞ」
と、貴重な水を、大師に差し出したのです。
「ありがたい。これは、おいしそうだ」
大師はそれをゴクゴクと飲み干すと、老婆に尋ねました。
「見たところ、このあたりでは水に不自由しておるようだが」
「はい。確かに水にも不自由しておりますが、このあたりは食べ物が悪いせいか、脚気(かっけ)になる者が多くいて困っております。もしここに温泉がわいたら、どんなにか役に立つでしょうね」
「なるほど、温泉ですか。・・・やった事はないが、この土地なら」
大師はそう言うと、手に持った錫杖(しゃくじょう)の先で地面を何度かコンコンと叩きました。
「よし、これならいけそうだ」
そして錫杖を振り上げた大師が力強く振り下ろすと、そこからたちまち湯煙があがって豊富なお湯がわきはじめたのです。
「これは、温泉! お坊さま、ありがとうございます!」
老婆は大喜びで大師にお礼を言おうとしましたが、気づいたときには大師の姿はなかったそうです。
川場温泉では今でも湯船のそばに弘法大師をまつっており、この温泉の湯は脚気に効くと評判だそうです。