ある日の事、吉四六さんは庄屋(しょうや)さんに呼ばれました。
「すまない、吉四六さん。渡し舟の船頭が病気で倒れてしまったんだ。今日だけでいいから、代わりに渡し舟の船頭になってはくれまいか」
「はい、いいですよ」
そんなわけで、吉四六さんは今日一日、村の渡し舟の船頭です。
「暇じゃな。誰か客が来ないかなあ」
川縁でタバコを一服していると、旅の侍(さむらい)がやって来ました。
「これ、船頭。渡し賃はいくらだ?」
「はい。片道、八文(→二百四十円ほど)です」
すると旅の侍は、威張って命令しました。
「八文とは高い。六文にいたせ!」
吉四六さんは、
(このケチ侍め)
と、思いましたが、侍とけんかをしても負けてしまいます。
「では、舟を出しますよ」
吉四六さんは、侍を乗せてこぎ出しました。
ところが、あと少しで向こう岸に着くというところで、吉四六さんは舟を止めました。
「六文では、ここまでです。あと二文出してくれれば、向こう岸まで着けますが、どういたしましょう?」
「何だと。ここで降りて、あとは泳いで行けというのか!」
「いいえ、あと二文出せば、向こう岸までお送りしますよ」
「ええい、こうなれば意地比べだ。向こう岸までやれないのなら、元の岸に戻せ!」
「へい、分かりました」
吉四六さんは素直に舟を戻すと、侍の前に手を出しました。
「では、六文のところを行って帰って来ましたので、合計十二文ちょうだいいたします」
「・・・くそーっ! わしの負けだ!」
侍は十二文を払うと、どこかへ行ってしまいました。