小さい頃から頭が良くて、ずいぶんととんちがきくのですが、大が付くほどの酒好きです。
何しろ彦一の夢は、毎日たらふく酒を飲むことです。
「酒が飲みてえな。何か、うまい知恵はないだろうか?」
考えているうちに、ふと、それをかぶると姿が消えるという、テングの隠れみのの事を思い出しました。
テングは村はずれの丘に、ときどきやってくるといいます。
「よし、テングの隠れみのを手に入れて、酒をたらふく飲んでやろう」
彦一はさっそく、ごはんを炊くときに使う、火吹き竹(ひふきだけ)を持って丘に来ました。
「やあ、こいつはええながめだ。大阪や京都が、手に取るように見える。見えるぞ」
そう言いながら、火吹き竹を望遠鏡(ぼうえんきょう)のようにのぞいていると、松の木のそばから声がしました。
「彦一、彦一。のぞいているのは、かまどの下の火を吹きおこす、ただの火吹き竹じゃろうが」
声はしますが、目には見えません。
テングが近くにいるのです。
「いいや、これは火吹き竹に似た、干里鏡(せんりきょう)じゃ。遠くの物が近くに見える宝じゃ。・・・おお、京の都の美しい姫がやってきなさったぞ。牛に引かせた車に乗っておるわ」
「京の都の姫だと? 彦一、ちょっとで良いから、わしにものぞかせてくれんか?」
テングは、彦一のそばにきたようすです。
「だめだめ。この千里鏡は、家の宝物。持って逃げられては大変じゃ」
そのとたん、目の前に大きなテングが姿を現しました。
「大丈夫、逃げたりはせん。だけど、そんなに心配なら、そのあいだ、わしの隠れみのをあずけておこう」
「うーん、それじゃ、ちょっとだけだぞ」
彦一はすばやく隠れみのを身につけると、さっと姿を消しました。
テングは火吹き竹を目にあててみましたが、中はまっ暗で何もうつりません。
「彦一め、だましたな!」
と、気がついたときには、彦一の姿は影も形もありませんでした。
隠れみのに身を包んだ彦一は、さっそく居酒屋(いざかや→お酒を出す料理屋)にやってくると、お客の横に腰をかけて、徳利(とっくり→お酒の入れ物)のままグビグビとお酒を飲み始めました。
それを見たお客は、ビックリして目を白黒させます。
「とっ、徳利が、ひとりでに浮き上がったぞ!」
さて、たらふく飲んだ彦一は、ふらつく足で家に帰りました。
「うぃー。これは、便利な物を手に入れたわ。・・・ひっく」
隠れみのさえあれば、いつでも、どこでも、好きな酒を飲む事ができます。
次の朝。
今日も、ただ酒を飲みに行こうと飛び起きた彦一は、大事にしまいこんだ隠れみのが、どこにもない事に気がつきました。
「おーい、おっかあ。つづら(→衣服を入れるカゴ)の中にしまいこんだ、みのを知らんか?」
「ああ、あの汚いみのなら、かまどで燃やしたよ」
「な、なんだと!」
のぞきこんでみると、みのはすっかり燃えつきています。
「あーぁ、なんて事だ。毎日、酒が飲めると思ったのに・・・」
彦一はぶつくさいいながら、灰をかき集めてみると、灰のついた手の指が見えなくなりました。
「ははーん。どうやら隠れみのの効き目は、灰になってもあるらしい」
体にぬってみると、灰をぬったところが透明になります。
「よし、これで大丈夫だ。さっそく酒を飲みに行こう」
町へ出かけた彦一は、さっそく、お客のそばにすわると、徳利の酒を横取りしました。
それを見たお客は、
「わっ!」
と、悲鳴をあげました。
「み、みっ、見ろ。めっ、目玉が、わしの酒を飲んでいる!」
隠れみのの灰を全身にぬったつもりでしたが、目玉にだけはぬっていなかったのです。
「化け物め、これをくらえ!」
お客は、そばにあった水を彦一にかけました。
バシャン!
すると、どうでしょう。
体にぬった灰がみるみる落ちて、裸の彦一が姿を現したのです。
「あっ! てめえは、彦一だな! こいつめ、ぶんなぐってやる!」
「わっ、悪かった、許してくれー!」
彦一はそういって、素っ裸のまま逃げ帰ったという事です。