ある年の暮れの事、男が空腹をがまんしながらいろりの横で寝ていると、天井裏から何かが、
ズドン!
と、落ちてきました。
「なっ、何だ?」
男がびっくりして飛び起きると、落ちてきたのはつぎはぎだらけの汚い着物を着た貧相なおじいさんでした。
「何だ、お前は! おれの家の天井裏で、何をしていた!」
するとおじいさんは、頭をポリポリとかきながら答えました。
「わしはな、この家に長い間やっかいになっている貧乏神だ」
「貧乏神? まあ、この家なら貧乏神の一人や二人いても不思議ではないが、それが何しに降りて来た?」
「うむ、実はな。
お前があまりにも貧乏なので、この家には、わしの食い物が一つもない。
さすがのわしも、このままでは命が持たん。
そこで逃げ出そうとしたのじゃが、あまりの空腹に力が入らず、うっかり落ちてしまったのじゃ」
「そうか、おれは貧乏神も逃げ出すほどの貧乏だったのか。
まあ、出て行ってくれるのなら、おれもありがたい。
せめて見送ってやりたいが、おれも腹が減って動けないんだ。
だから悪いけど、勝手に出て行ってくれ」
そう言って再び寝ようとする男に、貧乏神は言いました。
「まあ、寝るのはもう少し待って、わしの話を聞くんじゃ。
わしはな、貧乏神とはいえ、これでも立派な神のはしくれだ。
長年世話になったのに、礼もせんと出て行くわけにはいかん。
そこでお前に、一つ良い事を教えてやろう」
「良い事?」
「ああ、明日の日の出と共に、この家の前を宝物を積んだ馬が通る。
一番目の馬は、金を積んどる。
二番目の馬は、銀を積んどる。
三番目の馬は、銅を積んどる。
そのどれでもええから、馬を棒で殴ってみろ。
そうすればその馬の宝は、お前の物になる」
「なるほど、確かにそれは良い話しだ。
して、殴ってもいい馬は、一頭だけか?
三頭とも殴っては、駄目なのか?」
「ほっほほほ。
なんじゃ、急に欲が出てきたか。
もちろん、三頭全部でも良いぞ。
三番目の馬だけなら、普通の暮らし。
二番目の馬も加われば、裕福な暮らし。
一番目の馬も加われば、お前は長者になれるじゃろう。
だがな、その最後に通る四番目の馬だけは、決して殴るなよ。
その馬は、わしが出て行く為の馬だからな」
「わかった。最後のは殴らん」
男はそう言うと、また寝てしまいました。
さて次の日、日の出と共に起きるはずの男は、いつものなまけぐせで少し寝坊をしてしまいました。
「いけねえ! 寝過ごした!」
男があわてて家を飛び出すと、ちょうど家の前を立派な荷物を積んだ馬が通ろうとしていました。
「よし、間に合った。あれが金の馬だな。これでおれは、長者になれるぞ」
男は庭から物干し竿を持ち出すと、その馬の頭めがけて物干し竿を振り下ろしました。
「えいっ!」
しかし物干し竿が長すぎて、途中の木の枝に引っかかってしまったのです。
その間に宝物を乗せた馬は、ゆうゆうと通り過ぎて行きました。
「しまった!
金の馬を、逃がしてしまった!
・・・まあいい、残りの銀の馬と銅の馬を殴ってしまえば、おれは大金持ちになれるぞ。
よし、次は短い棒で」
男は台所からゴマをすりつぶす『すりこぎ棒』を持って来ると、二番目の馬がやって来るのを待ちました。
間もなく、また立派な荷物を積んだ馬が、家の前を通ろうとしました。
「よし、これが銀の馬だな。今度こそ、えいっ!」
男はすりこぎ棒を振り上げると、馬の頭めがけて振り下ろしました。
しかしいくらなんでもすりこぎ棒では短すぎて、馬の頭には届きませんでした。
宝物を乗せた馬は、男の横をゆうゆうと通り過ぎて行きます。
「しまった! またしくじったか。今度は、もう少し長めの棒にしよう」
そこで男はてんびん棒を持って来て、次の馬が来るのを待ちました。
やがて馬がやって来たのですが、この馬には荷物が積まれていません。
「おかしいな?
銅の馬のやつ、何も積んでいないぞ。
まあいい、今度こそ馬を仕留めて、普通の暮らしを手に入れてやる」
男はてんびん棒を振り上げると、馬の頭めがけて振り下ろしました。
ゴチーン!
てんびん棒は見事に馬の頭に命中して、馬はそのまま死んでしまいました。
「やった! 銅の馬をしとめたぞ!」
男が大喜びしていると、家の天井裏から貧乏神が降りて来て、がっかりしながら言いました。
「ああ、なんて事を。
お前は、わしが乗るはずの馬を殺してしまったな。
せっかく、よその家で暮らそうと思ったのに、これでは旅立つ事が出来ないではないか。
・・・仕方がない、これからもお前の所でやっかいになるぞ」
こうして男は、それからも貧乏な暮らしを続けたと言う事です。