ある冬におきた火事は強い北風にあおられて、百二十をこえる町が焼けてしまったのですが、この大火事でも無事だった家がありました。
それは麻布(あざぶ)という町の山崎(やまざき)という侍の屋敷で、まわりの家々が全部焼けてしまったのに、この屋敷だけはどこも焼けずにすみました。
これは、それにまつわるお話です。
ある夜、この屋敷の池に住んでいるカエルたちが、屋敷の夜まわりにやってきた使用人を池に引きずりこんで殺してしまいました。
この話を聞いた屋敷の主人が、大変怒って言いました。
「明日になったら、池のカエルを一匹残らず殺してしまえ!」
その夜、白い衣をまとった小さな太った老人が、主人の夢枕に立ちました。
「われは、古くからこの池に住んでおるカエルの精だ。
池に引き込んでわれらが殺したあの男は、何も悪さをしていないカエルの子を踏み殺して数多くの命をうばった。
われらカエルとて、子をおもう気持ちは人間と同じじゃ。
子をうばわれた親たちが、仕返しをしたまでじゃ。
しかしこの事で、お主は明日カエル狩りをするそうだな。
もしわれらの命を救ってくれたなら、火事の時はわれらカエルたちが力を合わせて、この屋敷を守ってやろうぞ」
夢枕に立ったカエルの精は、そういって消えていきました。
翌朝、目を覚ました屋敷の主人は、殺された使用人がカエルの子を踏み殺していた事実を確認すると、池のカエル狩りをやめることにしたのです。
それからしばらくして、あの大火事がおこったのです。
屋敷はちょうど風下なので、火の手から逃れる方法がありません。
火は隣の屋敷を包み込んで、この屋敷が燃え上がるのも時間の問題でした。
そのときです。
何百、何千というカエルたちが池の中から現れると、お腹がぱんぱんになるまで水を吸いこんで、屋敷に向かっていっせいに水を吹きつけたのです。
プシュー!
プシュー!
プシュー!
カエルたちは何度も何度も池の水を吸い、繰返し繰返、屋敷に向かって水を吹きつけました。
すると真っ白な霧が屋敷を包んで、火は燃え移るのを防いでくれました。
このとき広い池の水はほとんどなくなって、底が見えていたそうです。
「おおっ、助かった、助かったぞ! カエルたちが、約束を守ってくれたぞ!」
カエルたちの活躍にすっかり感心した主人は、それから池のカエルを大切にしました。
そのためにカエルの数はますます増え続けて、屋敷はいつしか『麻布のカエル屋敷』と呼ばれるようになり、江戸の名所のひとつになったという事です。