彦一の家には、生き傘(かさ)と呼ばれる不思議(ふしぎ)な傘があるとのうわさが流れました。
何でも雨が降ると傘が自然に開き、雨がやむと自然に閉じるというのです。
そのうわさはどんどん広まって、とうとうお城の殿さまの耳にも届きました。
「ほう。それほど珍しい傘なら、ぜひ手に入れたい」
殿さまはさっそく彦一の家に使いを出しましたが、彦一はそれを断りました。
「この生き傘は我が家の家宝で、家族も同然です。いくら殿さまでも、おゆずりするわけにはいきません」
使いの家来からその事を聞いた殿さまは、生き傘がますます欲しくなりました。
そこで殿さまは彦一をお城に呼ぶと、こう言いました。
「彦一よ。その傘を大切にするゆえ、どうか売ってくれまいか。値は、お前の言い値で良いぞ」
「・・・・・・」
彦一は少し考えると、殿さまに言いました。
「わかりました。お世話になっている殿さまのご希望ですし、貧乏な我が家にいるよりもお城で暮らす方が生き傘も幸せでしょう」
こうして彦一は、生き傘と引き替えに殿さまから大金をもらいました。
さて、殿さまは彦一から生き傘を手に入れたものの、この頃はお天気続きで少しも雨が降りません。
はやく雨が降って傘が開くところを見たいと、殿さまも家来たちも毎日イライラしていました。
そして彦一から傘を手に入れて十日後、ついに念願(ねんがん)の雨が降ってきました。
「よし、いよいよ生き傘が開くぞ」
殿さまや家来たちは生き傘をじっと見つめましたが、生き傘はなかなか開きません。
「・・・どうしたのじゃ? 雨が足りぬのか?」
やがて雨は大雨となりましたが、しかしいくら雨が降っても傘はいっこうに開きません。
「なぜじゃ? なぜ開かぬ。・・・だれか、彦一を呼んで参れ!」
殿さまは彦一を呼びつけると、カンカンに怒って言いました。
「このうそつきめ! 雨が降ったのに、傘はいっこうに開かんではないか!」
「あれ? おかしいですね。今日の雨なら、生き傘は大きく開くはずですが。・・・ちょっと、生き傘を見せてもらえませんか?」
彦一は生き傘のところへ行くと、悲しそうな顔をして殿さまにたずねました。
「かわいそうに、こんなにやせてしまって。・・・殿さま。この傘に、何か食べ物は与えましたか?」
「なに? それは、どういう意味だ?」
「おおっ、やっぱり!
殿さま、この生き傘は、うえ死にしています。
傘とはいえ、この傘は生きているのですよ。
生きているものには、必ず食い物がいります。
注意しなかったわたしも悪かったですが、お城にはこれだけの人がいて、誰もその事に気づかなかったのですか?
・・・生き傘よ、許しておくれ。
せめて、立派な葬式をしてやるからな」
彦一はそう言って、ワンワンと泣き出しました。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
殿さまも家来たちも、これには返す言葉がありませんでした。