兄弟は山奥に入り込んで、ウルシの木からウルシを取る仕事をしていました。
ある日、兄の安左衛門は一人でウルシを取りに行き、新しいウルシの木を探しているうちに、まだ来た事のない谷川のほとりに出ました。
谷川には流れのゆるやかな深いふちがあり、暗い緑色の水がよどんでいます。
「ほう、こんな深いふちは、見た事もない」
安左衛門はふちをのぞき込んで、うっかり手に持っていたカマをふちに落としてしまいました。
カマはうるし取りに使う、大事な仕事道具です。
「ああ、どうしよう?」
安左衛門はしばらく考えていましたが、思い切ってふちにもぐってみる事にしました。
底が見えないふちにもぐるのは怖いですが、落ちたカマを取り戻す方法はそれしかありません。
もぐってみると、ふちは頭がジンジンとしびれるほど冷たい水です。
(カマは、どこだ? カマは、どこだ? ・・・おや?)
底の方へもぐった安左衛門は、水とは違うぬるりとした感触に気づきました。
(これは、もしかしてウルシか?)
水面に出て手を見てみると、手には黒いつやのある上等のウルシがついています。
「こいつは驚いた! このふちには、ウルシがたまっているぞ」
これは山にたくさん生えているウルシの木が雨に洗われて、流れ出たウルシが長い年月の間にふちの底にたまったものでした。
安左衛門はカマの事など忘れて、大喜びです。
「こんなにたくさんの、しかも上等のウルシが手に入るなんて、夢のようだ」
その日から安左衛門はウルシの木を探し回るのをやめて、この谷川のふちにもぐっては底にたまっているウルシを取るのでした。
ふちのウルシは質が良いので、商人たちは高い値段で買ってくれました。
おかげで安左衛門は、どんどん金持ちになりました。
「あの人は、どこであんなに上等なウルシを取って来るのだろう?」
村人たちは不思議に思いましたが、安左衛門はうるしの取れる谷川のふちの事は誰にも話しませんでした。
「兄さん、うるしがどこにあるのか、教えてくれよ」
「ああ、そのうちにな。そのうちに、連れて行ってやる」
弟の十兵衛がいくら頼んでも、安左衛門はなかなか連れて行ってくれません。
ある日、弟の十兵衛は兄の後をこっそりつけて行きました。
そして兄が谷川のふちから、ウルシを取るのを見つけたのです。
「そうか、あの上等なウルシは、ここにあったのか。これでおらも、金持ちになれるぞ」
十兵衛もその日から、兄と同じように谷川のふちのウルシを取るようになりました。
ふちのウルシを一人じめにしたかった安左衛門は、おもしろくありません。
そこで何とかして、弟が取らなくなる方法がないかと考えました。
「そうだ、弟は恐がりだから、ふちに怖い物を置けばいい」
そこで安左衛門は町の彫り物名人にたくさんのお金を払って、大きな木の竜を作ってもらう事にしました。
しかも出来るだけ怖い感じにしてくれるように、何度も念を押してたのみました。
しばらくして出来上がった竜は、とても木で作ったとは思えないほどの恐ろしい出来でした。
(これなら弟も怖がって、ふちに近づかないだろう)
安左衛門はその竜をこっそり山へ運ぶと、大きな石をくくりつけてふちに沈めました。
ふちに沈んだ木彫りの竜は水の動きにゆれて、まるで生きているように見えます。
「これでひと安心だ。この竜を見れば、誰でも逃げ出すに決まっている。ここのウルシは、おら一人の物だ」
安左衛門は満足して、山をおりました。
次の日、そんな事とは知らない弟の十兵衛は、いつものように谷川のふちに飛び込んでびっくりです。
水底には恐ろしい竜がいて、大きな口で十兵衛を飲み込もうとするのですから。
「助けてくれー!」
十兵衛はまっ青になって水から出ると、いちもくさんに山をおりて家に逃げ帰りました。
その様子を隠れて見ていた安左衛門は、手を叩いて大喜びです。
「十兵衛のやつ、まんまとだまされよって」
大笑いした安左衛門は、すっかり満足してふちの中にもぐりました。
ところが水底にもぐってみると、木で作った竜が大きな口を開けて、安左衛門が近づくと飲み込もうとするのです。
「そんな馬鹿な! あの竜は、おらが町の彫り物師に作ってもらったものだ。生きているわけがない。水の動きにゆれるので、生きているように見えるだけだ。・・・きっとそうだ」
安左衛門はそう思いなおして何回か水底に近づきましたが、そのたびに竜が口を開けて襲ってくるのです。
なんとか逃げ出した安左衛門は、岸にあがるとその場にへたり込んでしまいました。
「木で作った竜に、魂がやどってしまったんだ。・・・こんな事になるのなら、兄弟仲良くウルシを取っておればよかった」
安左衛門は後悔しましたが、もう取り返しがつきません。
安左衛門は仕方なく、とぼとぼと家に帰って行きました。