細い山道を一生懸命登っていたお坊さんは長旅でのどが渇いたのですが、運悪く水の持ち合わせがありません。
ふと見ると、梨(なし)の木においしそうな梨が実っているのが見えました。
ちょうど男の人が梨をもいでいたので、お坊さんは梨の木に登っている男に頭を下げて頼みました。
「すみません。のどが渇いて、困っております。どうかその梨の実を一つ、分けてもらえませんか?」
すると男は、めんどくさそうに言いました。
「だめだめ。これは石の様にまずい梨で、一口食べたら、ペッと吐き出すほど味がないんですよ」
「石の様に固くても、吐き出すほどまずくてもよいから。どうか一つ」
そう言って、お坊さんがいくら頼んでも、
「いいや、だめだ。この梨は食えない梨だから、はやくあっちへ行ってください」
と、言うのです。
「・・・そうですか。なら、仕方ありません。あっちへ行きましょう」
あきらめたお坊さんは男と梨の実をチラリと見ながら口の中で呪文を唱えると、どこかへ行ってしまいました。
そのお坊さんの後ろ姿を見ながら、男はにやりと笑いました。
「えっへへへ、行きおった、行きおったわ。こんなにうまい梨の実を、こじき坊主にくれてやるなんてもったいないわ」
翌日、男は梨の実を、町へ売りに行きました。
「えー、梨はいらんかね」
するとたちまち、多くの人が集まって来ました。
「いつもの甘い梨、おくれ」
「ほんとにあんたの梨の実は、うまいねえ」
「うちにも、どっさりだよ」
梨の実はどんどん売れて、男はニンマリです。
すると梨をひとかじりしたお客の一人が目を白黒させて、食べた梨をペッと吐き出しました。
「なんだ、この梨は!」
その声で、他のお客たちも買った梨を食べました。
「本当だ。こりゃあひどい。石の様に固いぞ」
「それに、まるで味がしないじゃないか!」
お客たちは怒って、梨の代金を返せと言いました。
梨売りの男は首を傾げながら、
「おかしいなあ? 昨日食べた時は、とてもうまかったんだがなあ」
と、ガブリとかじりました。
そのとたん、あまりのまずさに梨売りの男も、思わずペッと吐き出しました。
「ペッ、ペッ。こんな石の様にまずい梨の実は、初めてだ。これじゃあ誰でも、一口食べたらペッと吐き出すぞ」
そしてその自分の言葉に、ハッとしました。
今の言葉は梨を恵んでほしいと頼んだお坊さんに自分が言った言葉と、同じだったからです。
「もしかして、あのお坊さまはうわさに聞く弘法大師さまだったのでは。・・・ああ、おれの心が悪い為に、梨の味がこんな事になってしまった」
それからも、男の梨の実がおいしくなる事はありませんでした。
そして町の人たちは、男の梨の実を『食わずの梨』と呼ぶようになったそうです。
その梨の木は、今も屋島に残っているといわれています。