その頃は、上総木綿を江戸まで運ぶと、大変なもうけがあったそうです。
その東金には三代続く商人の宗兵(そうべい)という人がいて、商売が上手な事で江戸にもその名前が知れ渡っていました。
ある日の事、宗兵が江戸で大もうけをして帰って来ると、山田の坂にさしかかった所で、刀を持ったおいはぎが現われたのです。
辺りは薄暗くて人気が無く、助けを求める事も出来ません。
おいはぎは、宗兵に刀を突きつけて言いました。
「おい、こら! あり金を残らず置いていけ!」
しかし宗兵は名の通った商人だけあって度胸も座っており、あわてる事なく相手の様子を観察しました。
よく見ると、おいはぎはまだ若くて、突きつけた刀の先がぶるぶると震えています。
(ははーん。こいつ、おいはぎをするのは今日が初めてだな。それなら)
宗兵は相手になめられない様にしっかりした口調で、しかし、相手を怒らせない程度に腰を低くして言いました。
「有り金と言いましても今は仕入れの帰りで、一両ほどしか持ち合わせがありません。
仕入れた品はありますが、とても素人さんには売りさばけない品です。
そこで、どうでしょう?
東金の街まで、一緒に来てくれませんか?
それなら、もう少し出せるのですが」
「うっ、うそじゃ、ないだろうな?」
「はい、わたしも商人です。
うそは、申しません。
それに、お前さんが一緒に来てくれると、これからの道のりも安心ですし、荷車の後押しをしてくれれば、さらに助かりますので」
「・・・本当に、金をくれるのだな?」
「はい、本当です。だます様な事はしません」
「・・・わかった」
こうして話しがまとまり、宗兵とおいはぎは東金の街へと向かったのです。
おいはぎが荷車の後押しをしてくれたおかげで、あっという間に東金の街へ着く事が出来ました。
そして自分の店の前まで来た宗兵は、大きな声で言いました。
「おーい、今帰ったよ」
「あら、お帰りなさい。早かったですね」
奥さんやお店の人たちが、店から大勢出て来ました。
それを見て、おいはぎの顔色が青くなりました。
これだけ大勢が相手では、いくら刀を振り回しても勝てそうにありません。
おいはぎがすきを見て逃げ出そうと思っていると、宗兵は奥さんにおいはぎを紹介しました。
「実はな、この人が手伝ってくれたおかげで、早く帰って来られたんだ。礼をしたいので、奥に入ってもらうよ」
そして宗兵はおいはぎと奥の部屋に入ると、大事な話があるからと他の人たちを追い払いました。
おどおどするおいはぎに、宗兵が言いました。
「まずは、これは約束のお金だ」
そう言って、おいはぎの前に二両のお金を出しました。
「次にこれは、ここまで荷車を押してくれたお礼だ」
そしてさらに一両のお金を追加すると、宗兵はおいはぎに言いました。
「見れば、お前さんはまだ若いようだし、行く当てがないのなら、わたしの所で働いてみてはどうだ? もちろん、今日の事はわたしの胸に収めておくよ」
それを聞いたおいはぎの目から、涙がこぼれました。
これほど人の心を温かく感じたのは、生まれて初めてです。
宗兵の人柄にすっかりほれ込んだおいはぎは、深々と頭を下げました。
「すみません。よろしくお願いしやす」
それから心を入れ替えて一生懸命働いたおいはぎは、やがて自分の店を持つほどに出世したという事です。