ネコは人間の花嫁(はなよめ)を見るたびに、自分も美しい娘になって人間のところへ嫁入りしたいと思っていました。
そこで観音さまに、
「わたしを、人間の嫁にしてください」
と、頼んだのです。
「お前はこれまで、わたしによくつかえてくれた。お前なら立派な花嫁になれるでしょう。わたしがいい若者を見つけてやろう」
観音さまはネコに約束すると、いつもお参りにくる若者の夢枕(ゆめまくら→夢の中)に立って言いました。
「明日の夕方、お堂の前にいる娘を嫁にするがよい」
若者はすぐに、この事を両親に話しました。
すると信心深い(しんじんぶかい→神仏を思う気持ちが強いこと)両親は喜んで、次の日の夕方、若者といっしょに観音堂へ出かけました。
観音堂の前には、人間の娘に化けたネコが立っています。
「おい、あの娘ではないか?」
「あら、なかなかの器量よしだこと」
「あれが、おれの花嫁か」
三人は娘のそばへ行きました。
「娘さん。ここで誰か待っているのかい?」
父親がたずねると、娘が恥ずかしそうに答えます。
「はい、観音さまのお告げで、ここに待っているように言われました」
見れば見るほど美しい娘で、若者はこの娘が気に入りました。
「そうですか。実はわたしも観音さまのお告げで、ここにいる娘さんを嫁にするようにと言われたのです」
「えっ、そんな・・・」
娘が、ポッとほおをそめます。
「どうだろう。うちの息子の嫁になってもらえないだろうか」
父親の言葉に、娘はこっくりうなずきました。
「よかった。それじゃ、さっそく話をすすめよう」
「では、わたしの両親にも会ってください」
娘は三人を連れて、観音堂の裏手(うらて)へ行きました。
そこには古くて立派な屋敷があって、年老いた娘の両親がいました。
娘の両親が、若者の父親に頭を下げます。
「観音さまのお告げで、なんともありがたい事になりました。ですがごらんの通り、我が家は貧乏で、娘には何の仕度もしてあげられません」
「いや、仕度(したく)の方は、いっさいこちらでいたします。こちらはもう、娘さんさえいただければ」
若者の両親は古い屋敷を見て、むかしは相当な家柄(いえがら)に違いないと思いました。
若者と両親が帰って行くと、娘の両親はネコの姿にもどって屋敷を出て行きます。
立派な屋敷といっても、よく見ればただの空き家で、今では野良ネコたちの住まいになっています。
娘に化けたネコは、すぐに観音さまのところへ報告(ほうこく)に行きました。
「おかげさまで、人間の花嫁になれそうです」
「それは良かった。これでお前も人の花嫁ですから、決してネコのようなまねをしてはいけませんよ」
さて、いよいよ婚礼(こんれんい→けっこんしき)の夜がやってきました。
若者の家では約束通り、花嫁の着物からカゴまで用意して娘をむかえにきました。
古い屋敷の前には明かりがつけられ、人間に化けた野良ネコたちが忙しそうに働いています。
やがて花嫁が出てきて、カゴに乗りました。
花嫁行列はちょうちんの明かりにかこまれて、しずしずと進んでいきます。
(これでもう、思い残すことはないわ)
カゴの中のネコは、心から満足しました。
花嫁行列が花むこの屋敷につくと、すぐに座敷で祝言(しゅうげん→おいわいのことば)が始まりました。
花嫁になったネコは花むこのとなりに座って、ウットリとしています。
おごそかな謡(うたい→おいわいの歌)とともに、三三九度の盃(さんさんくどのさかづき→お祝いのぎしきで、三つ組のさかづきで、三度ずつ、三回酒杯をいただくこと)がかわされ、花嫁が盃(さかづき)を口に持っていこうとしたそのときです。
ふいにおぜんの横へ、ネズミが出てきました。
そのとたん、花嫁は、
「ニャオーン!」
と、鳴くなり、ネコの姿になってネズミに飛びついてしまったのです。
「なんだ、あれは!」
祝いの席に並んでいた人たちは、ビックリです。
花嫁の両親に化けていたネコたちもすっかりあわてて、次々にネコの姿になって座敷を飛び出していきました。
花嫁に化けていたネコはどうすることも出来ず、ネズミをくわえたまま逃げ出しました。
残された花むこや両親は、すぐに花嫁の屋敷に向かいました。
ところが観音堂の裏手には空き家になったボロ屋敷があるだけで、誰もいません。
「ネコを花嫁によこすなんて、なんてひどい観音さまだ!」
両親はカンカンに怒って、二度と観音堂へはお参りに行きませんでした。
観音さまは、花嫁になりそこねたネコにあきれて言いました。
「あれほど、よく言い聞かせておいたのに。もう決して、ネコを人間の嫁にはしません」