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一、竹青荘の住人たち(5)

时间: 2025-06-27    进入日语论坛
核心提示:ほら、こんなに立ちこめて、と一〇二号室の住人はばたばたと腕で煙を払った。走たちのところまで、白い有害物質が漂ってくる。た
(单词翻译:双击或拖选)

  ほら、こんなに立ちこめて、と一〇二号室の住人はばたばたと腕で煙を払った。走たち

のところまで、白い有害物質が漂ってくる。たしかに煙草のにおいだ、と走は納得した。

火事ではなかったのはいいが、二人の喧嘩はエスカレートしている。

「おまえの音だってうるせえぞ。チャカポコチャカポコ、わけのわかんない音楽を一晩

中、大音量で聞きやがって。こっちの夢見が悪くなる」

「深夜はヘッドホンをしてます」

「それでも漏れてくんだよ、不快なチャカポコが!」

「古いアパートだから多少はしょうがないでしょ」

「俺の煙だって出たくて漏れてんじゃねえ。ドアの立てつけが悪いから……」

「はい、そこまで」

  清瀬が手を打ち鳴らし、言い争う二人の注意を惹きつけた。「ちょうどよかった。新し

い住人を紹介します」

  争いの声がやむと、一〇二号室からは重低音に電子ノイズが絡んだような音楽が、一〇

四号室からはドライアイスのような真っ白い煙草の煙が、それぞれとめどなく溢れだして

いることがわかった。走はそちらには行きたくなかったが、清瀬はかまわずに、廊下の奥

にいる二人のもとへ歩いていく。

  勢いをそがれた形になった一階奥の住人たちは、あげた拳と開けた口をそのままに、清

瀬と新参者の走が近づいてくるのを待っていた。

「先輩、ユキ、これは今日から一〇三号室に入る蔵原走です。社学の一年。走、こちらは

竹青荘の古株、一〇四号室の平ひら田た彰あき宏ひろさん。みんなはニコチャン先輩って

呼んでる」

「ニコチン大魔王だからな」

  と、大音響の音楽を背に、まだ紹介されていないユキと呼ばれる男が憮ぶ然ぜんとして

言った。清瀬はそれを制して、

「ニコチャン先輩は、この春から理工学部の三年だ。俺がはじめてここに来たときは先輩

だったのに、いつのまにか俺より学年が下になっている」

  と、つづけた。熊のようにがっしりとした体格のニコチャンは、にこりともせずに走に

うなずきかけた。

「俺のお隣さんってわけだな。よろしく」

  ニコチャンは無精ぶしよう髭ひげの生えた面構えもふてぶてしく、学生とはとても思え

ない。走はこっそりと清瀬に聞いた。

「あの、大学って何年までいられるんですか?」

「八年だ」

  清瀬の答えに、ニコチャンもつけ加える。

「俺はまだ五年目だ」

  本名のわからないユキが、いらいらと口を出した。

「ついでに二浪してますよね」

  ということは、今年で二十五歳か。走は咄とつ嗟さに計算し、それにしても貫禄がある

ニコチャンを見た。ニコチャンは茶々を入れられても怒るでもなく、鷹揚な態度を崩さな

い。煙害に遭うのは避けたいところだが、扱いにくい人物ではないようだった。

  清瀬はようやく、もう一人の紹介にかかった。

「走、こっちは岩いわ倉くら雪ゆき彦ひこ。法学部で、学年は俺と同じ四年だ。ユキと呼

ばれている。こう見えて、司法試験に合格済みだ」

「どうも」

  と、ユキはそっけなく挨拶した。名前のとおり、肌は不健康な感じに青白い。ひょろっ

として眼鏡をかけた、いかにも神経質そうな面立ちだった。このひとに苦情を言われるよ

うなことはなるべく避けよう、と走は思った。

  ニコチャンがポケットから煙草を取りだした。ユキの非難の眼差しを感じぬ素振りで火

をつける。

「ハイジよう。さっき、なんだか二階が騒がしかったみてえだが、どうかしたのか」

「双子が案の定、床板を踏み抜いたんですよ」

「早速やったか」

  と、ニコチャンは笑った。

「馬鹿だね、あいつら」

  ユキが を引きつらせた。「せっかくアオタケで一番広い部屋をあてがわれたのに、あ

の板間を踏み抜いたら意味ないじゃないか」

「まえから、玄関寄りの二階の部屋は危なかったんだ。なんとか補強する方法を考えない

とな」

  と清瀬が言うと、ユキは眉をひそめた。

「俺は王ヽ子ヽのせいだと思うけどね」

  清瀬とユキが話しこんでいるかたわらで、走はニコチャンと黙って突っ立っていた。ニ

コチャンは驚異的な肺活量で、煙草をすぐにフィルター近くまで灰にし、自分の部屋のド

アで揉み消す。

「おい、走」

  ニコチャンもやはり、走のことをいきなり下の名で呼び捨てにした。「俺はいま、もの

すごいことに気づいたぞ」

「なんですか?」

「おまえたち三人、名作アニメの登場人物と同じ名前だ!」

「はあ……」

  走はアニメに疎いので、鈍い反応しか返せなかった。ニコチャンは二本目の煙草を挟ん

だ指で、清瀬、走、ユキを順繰りに示す。

「ハイジだろ。走は蔵原だからクララ。そして、ヤギのユキちゃん。ほらな?」

「勝手にひとをヤギにしないでください」

  清瀬との話を終えたユキが、ニコチャンを一〇四号室に押しやった。

「俺のことはペーターと……」

  と言っているニコチャンを無視して、一〇四号室のドアを強引に閉める。怒りに燃えた

ユキは身を翻すと、そのまま自分の部屋に籠もってしまった。一〇二号室のドアも乱暴に

閉められ、暗い廊下には煙と音楽の名残だけが浮遊した。

「あの……」

  困惑した走が声をかけるのに、清瀬は軽く肩をすくめてみせた。

「気にするな。いつもこんな調子なんだ。二人とも走のことは気に入ったみたいだから、

よかったよ」

  気に入った?  そうなのか?  走の困惑はいよいよ深まったが、黙って少し廊下を戻

り、清瀬が一〇三号室のドアを開けるのを見ていた。

「さて、ここが走の部屋だ。鍵はこれ」

  と、清瀬は部屋のドアの内側にぶらさがった、丸い頭の真しん鍮ちゆう製の鍵を示し

た。「室内から施錠したいときは、これを内側の鍵穴に入れて、外から鍵をかけるときと

同じようにしないといけない。それが面倒くさいから、みんなほとんど、部屋にいるとき

には鍵をかけないんだ」

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