11世紀初めに紫式部が著した物語で、平安時代の女流文学の代表作。書名は作者が命名したのではなく、『紫式部日記』や『更級日記』などに見える『源氏の物語』が本来の呼び方であったといわれる。一般的に全編54帖(じょう)を3部にわけ、光源氏の栄華への軌跡を第1部、その憂愁の晩年を第2部、次世代の薫や匂宮(におうのみや)の物語を第3部とする。第3部最後の10帖は、宇治を舞台に展開することから「宇治十帖」とよばれる。
全編は、『竹取物語』『宇津保物語』などの伝奇物語、歌物語の『伊勢物語』、『古今集』『後撰集』、あるいは中国渡来の『白氏文集』『史記』などの影響を受けながら、独自の世界を開き、『蜻蛉(かげろう)日記』から生まれた古歌を引用する引歌(ひきうた)の技法も随所に見られ、対話や心内語を駆使して内面を巧みに掘り下げる描写がなされている。現在、漢詩文や浄土教思想からの影響について、多くの研究がなされているが、ほかに民俗学や文化人類学をはじめ隣接した諸分野の成果をとりいれた多角的な研究も盛んである。
『更級日記』の作者・菅原孝標(たかすえ)の女(むすめ)が日夜愛読したことが示すように、『源氏物語』は成立直後から人気を博し、のちの物語・絵画・能などにも大きな影響をあたえた。物語では、平安末期の『夜の寝覚』『狭衣(さごろも)物語』や、江戸時代の『好色一代男』(井原西鶴)にもその影響がみられる。絵画では、現存最古の源氏物語絵巻が平安末の作とされ、以後「源氏絵」として様式化された図柄は、調度や服飾などに多く用いられた。また、和歌の規範としての研究から、多くの注釈書が生まれ、なかでも江戸時代の国学者本居宣長が『源氏物語玉の小櫛(おぐし)』で、「もののあはれ」と評したのは有名。