(四)
かの憂へをしたる匠(たくみ)をば、かぐや姫呼びすえて、「うれしき人どもなり」と言ひて、禄いと多く取らせたまふ。匠らいみじく喜び、「思ひつるやうにもあるかな」と言ひて、帰る道にて、庫持の皇子、血の流るるまで懲(ちやう)ぜさせたまふ。禄得しかひもなく、皆取り捨てさせたまひてければ、逃げ失せにけり。かくてこの皇子は、「一生の恥、これに過ぐるはあらじ。女を得ずなりぬるのみにあらず、天下の人の、見思はむことの恥づかしきこと」とのたまひて、ただ一ところ、深き山へ入りたまひぬ。宮司(みやづかさ)、さぶらふ人々、皆手を分かちて求め奉れども、御死にもやしたまひけむ、え見つけ奉らずなりぬ。皇子の、御伴に隠したまはむとて年ごろ見えたまはざりけるなりけり。
(現代語訳)
あの嘆願をしてきた細工師を、かぐや姫が呼び寄せて、「ありがたい人たちです」と言って、褒美をたいそう多く取らせた。細工師らは大いに喜び、「思ったとおりだった」と言って帰る道々、庫持の皇子が家来たちを使い、彼らを血が流れるまで打ち懲らしめた。褒美をもらった甲斐もなく、みな取り上げて捨てさせたので、無一物になって逃げ失せてしまった。そうしてこの皇子は、「一生の恥として、これにまさるものはあるまい。女を得られなかったのみならず、世間の人々が私を見て、あれこれ思うことの何と恥ずかしいことよ」と言い、ただ一人で、深い山へ入っていった。宮家の役人、お仕えしていた者たち、皆で手分けして捜したが、亡くなったのであろうか、見つけることができなかった。皇子は、お供たちに身を隠そうとして長い年月出てこなかったのだ。