(三)
翁喜びて、家に帰りてかぐや姫に語らふやう、「かくなむ帝の仰せたまへる。なほやは仕うまつりたまはぬ」と言へば、かぐや姫答へていはく、「もはら、さやうの宮仕へ仕うまつらじと思ふを、しひて仕うまつらせたまはば消え失せなむず。御宮冠(みつかさかうぶり)仕うまつりて、死ぬばかりなり」。翁いらふるやう、「なしたまひ。宮冠も、わが子を見奉らでは、なににかはせむ。さはありとも、などか宮仕へをしたまはざらむ。死にたまふべきやうやはあるべき」と言ふ。「なほそらごとかと、仕うまつらせて、死なずやあると見たまへ。あまたの人の、志おろかならざりしを、むなしくしなしてしこそあれ。昨日今日帝ののたまはむことにつかむ、人聞きやさし」と言へば、翁答へていはく、「天下のことは、とありとも、かかりとも、御命(みいのち)の危さこそ、大きなるさはりなれば、なほ仕うまつるまじきことを、まゐりて申さむ」とて、まゐりて申すやう、「仰せのことをかしこさに、かの童を、まゐらせむとて仕うまつれば、宮仕へにいだし立てば死ぬべし、と申す。造麻呂(みやつこまろ)が手に生ませたる子にもあらず。昔、山にて見つけたる。かかれば、心ばせも世の人に似ずはべり」と奏せさす。
(現代語訳)
翁は喜び、家に帰ってかぐや姫に相談し、「このように紛れもなく帝は仰せになられた。それでもやはりお仕え申し上げないのか」と言うと、かぐや姫が答えて言うには、「一切、そのような宮仕えはしないと思っておりますので、無理にお仕えさせようとなさるならば消え失せてしまうつもりです。官位を授かるようにして差し上げ、私は死ぬばかりです」。翁が答えて、「そんなことをおっしゃるな。官位も、わが子を見られなくなっては何になろうか。それにしても、どうして宮仕えなさらないのか。死ななければならない理由があるものか」と言う。「それなら嘘かどうか、お仕えさせ死なずにいるか試してごらんなさい。私への志が並大抵でなかった多くの方々を破滅させてしまったのに、昨日今日に帝がおっしゃったことに従ったのでは、人々に恥ずかしい」と言うと、翁は、「世間がどうあろうと、あなたの命の危険こそが、私にとって重大事であるので、やはり宮仕えいたしかねることを参内して申し上げよう」と言い、参内して、「仰せのおことばのもったいなさに、あの娘を帝の御元に参上させようとあれこれいたしましたが、宮仕えに差し出すなら死ぬと申します。造麻呂の手に生ませた子でもありませぬ。昔、山で見つけた子なのです。そのため、気性の世の普通の人に似ていないのでございます」と奏上してもらった。